あの日、青い海に君を置いてきた

漁師が怒鳴った。
「もう一人はどこだ?」
もう一人の漁師も海を見る。
「探せ!」

東の海。

どこまでも。

どこまでも。

白波。

白波。

白波。

航平先輩の姿は、もうどこにも見えなかった。
「先輩……」
わたしは自分の手を見た。
さっきまで、この手をつかんでいてくれた。
この手を。

わたしたちが離れないように。
ずっと。
ずっと握っていてくれた。
漁船が来た。
わたしが助かるのを見た。
先輩は安心したみたいに笑った。

だから、手を離した。
もし、
もし先に航平先輩を助けてもらっていたら。

先輩は、わたしから目を離さなかっただろう。
わたしを置いていかなかっただろう。

「いや……」
胸の奥から何かが込み上げてきた。
「いやああああああ!」

声を限りに叫んだ。
「探してください!」
漁師を見上げる。

「お願いします! 先輩を探してください!」
涙があふれてきた。
「お金はあとで必ずお支払いします!」
自分でも何を言っているのかわからなかった。
「一生働いてお支払いします! だから、お願いです!」

漁師が一瞬、きょとんとした。
それから言った。
「捜索費用のことかい?」
わたしは何度もうなずいた。

「大丈夫だよ、学生さん」
漁師は海を見た。
そして、少し苦しそうな顔をした。
「残念だけど、この船もそろそろ燃料が厳しい」
「そんな……」

「あとは海上保安庁に任せよう」
「でも!」
「彼らはプロだ」

漁師は無線を取った。
雑音の向こうに誰かの声が聞こえる。

流された男性がいる。
大学生。
オレンジ色のライフジャケット。
この海域。

漁師は何度も位置を確認しながら伝えた。
そして無線を置く。
エンジン音がひときわ大きくなった。

漁船は東へ向かった。
航平先輩を追うためではなかった。
港へ向かうためだった。