初登校の日から、何日かが過ぎた。
神志那凪沙と三村樹は、同じ教室で授業を受けていた。
同じ先生の話を聞いて、同じ黒板を見て、同じ時間に休み時間になる。
それなのに、凪沙にはまだ少し不思議な感じがしていた。
小学生の頃に一度だけ出会った男の子が、今は同じ高校の、同じクラスにいる。
「凪沙」
昼休み。
樹が声をかけてきた。
「なに?」
「この前さ」
樹は少し笑った。
「野津原の少年自然の家のこと、覚えてる?」
凪沙は少し考える。
「……うん。なんとなく」
「なんとなく?」
「だって、小学生の頃だよ?」
「俺は結構覚えてる」
「何を?」
樹は少し考えてから言った。
「凪沙が、ずっと海の話してたこと」
「私、そんなに話してた?」
「話してた」
「何話したの?」
「海に潜った話とか。貝殻の話とか」
凪沙は笑った。
「だって、海しか知らなかったんだもん」
「俺も野津原しか知らなかった」
「樹は川の話してたよね」
「うん」
「あのとき初めて川に行ったから、ちょっと楽しかった」
樹は嬉しそうに笑った。
「俺も、凪沙が川を見て喜んでたの覚えてる」
「そんなことまで覚えてるの?」
「覚えてるよ」
凪沙は少し黙った。
樹は、本当に覚えている。
自分が忘れていたような小さなことまで。
「……私、何してた?」
「川の水触って、『海と違う』って言ってた」
「あー……言ったかも」
二人で笑った。
その瞬間、凪沙の中に一つの場面が浮かんだ。
木々の間から見えた空。
川の音。
隣にいた男の子。
そして、自分のポケット。
「……あ」
凪沙が小さく声を出した。
「どうした?」
「シーグラス」
樹の表情が変わる。
「覚えてた?」
「うん。少しだけ」
凪沙は笑った。
「私、樹にあげたよね」
「うん」
「なんであげたんだっけ?」
「綺麗だったからじゃない?」
「そうだった」
凪沙は窓の外を見る。
「私、海で綺麗なもの見つけると、すぐ宝物にしてたから」
「知ってる」
「なんで知ってるの?」
「本人から聞いた」
「そっか」
また、二人で笑った。
けれど凪沙は、ふと樹の胸元を見る。
そこには、今もあのシーグラスがある。
「……ずっと持ってたんだね」
樹は、少しだけ視線を落とした。
「うん」
「そんなに大事だった?」
「大事だった」
即答だった。
凪沙は少し驚いた。
「なんで?」
樹は答えなかった。
その代わり、窓の外を見る。
春の空が広がっている。
「凪沙」
「ん?」
「俺、あのとき初めて海のこと考えたんだ」
「海?」
「うん」
樹は笑った。
「俺、海を見たことなかったから」
凪沙も笑う。
「今度、見に来ればいいじゃん。佐賀関の海」
「……行っていい?」
「もちろん」
その返事を聞いて、樹は少しだけ笑った。
小学生の頃。
海を知らなかった少年に、海の女の子がシーグラスを渡した。
そして今。
高校生になった二人は、もう一度、海へ行く約束をした。
凪沙はまだ知らない。
樹があの日から、ずっとその約束を待っていたことを。
神志那凪沙と三村樹は、同じ教室で授業を受けていた。
同じ先生の話を聞いて、同じ黒板を見て、同じ時間に休み時間になる。
それなのに、凪沙にはまだ少し不思議な感じがしていた。
小学生の頃に一度だけ出会った男の子が、今は同じ高校の、同じクラスにいる。
「凪沙」
昼休み。
樹が声をかけてきた。
「なに?」
「この前さ」
樹は少し笑った。
「野津原の少年自然の家のこと、覚えてる?」
凪沙は少し考える。
「……うん。なんとなく」
「なんとなく?」
「だって、小学生の頃だよ?」
「俺は結構覚えてる」
「何を?」
樹は少し考えてから言った。
「凪沙が、ずっと海の話してたこと」
「私、そんなに話してた?」
「話してた」
「何話したの?」
「海に潜った話とか。貝殻の話とか」
凪沙は笑った。
「だって、海しか知らなかったんだもん」
「俺も野津原しか知らなかった」
「樹は川の話してたよね」
「うん」
「あのとき初めて川に行ったから、ちょっと楽しかった」
樹は嬉しそうに笑った。
「俺も、凪沙が川を見て喜んでたの覚えてる」
「そんなことまで覚えてるの?」
「覚えてるよ」
凪沙は少し黙った。
樹は、本当に覚えている。
自分が忘れていたような小さなことまで。
「……私、何してた?」
「川の水触って、『海と違う』って言ってた」
「あー……言ったかも」
二人で笑った。
その瞬間、凪沙の中に一つの場面が浮かんだ。
木々の間から見えた空。
川の音。
隣にいた男の子。
そして、自分のポケット。
「……あ」
凪沙が小さく声を出した。
「どうした?」
「シーグラス」
樹の表情が変わる。
「覚えてた?」
「うん。少しだけ」
凪沙は笑った。
「私、樹にあげたよね」
「うん」
「なんであげたんだっけ?」
「綺麗だったからじゃない?」
「そうだった」
凪沙は窓の外を見る。
「私、海で綺麗なもの見つけると、すぐ宝物にしてたから」
「知ってる」
「なんで知ってるの?」
「本人から聞いた」
「そっか」
また、二人で笑った。
けれど凪沙は、ふと樹の胸元を見る。
そこには、今もあのシーグラスがある。
「……ずっと持ってたんだね」
樹は、少しだけ視線を落とした。
「うん」
「そんなに大事だった?」
「大事だった」
即答だった。
凪沙は少し驚いた。
「なんで?」
樹は答えなかった。
その代わり、窓の外を見る。
春の空が広がっている。
「凪沙」
「ん?」
「俺、あのとき初めて海のこと考えたんだ」
「海?」
「うん」
樹は笑った。
「俺、海を見たことなかったから」
凪沙も笑う。
「今度、見に来ればいいじゃん。佐賀関の海」
「……行っていい?」
「もちろん」
その返事を聞いて、樹は少しだけ笑った。
小学生の頃。
海を知らなかった少年に、海の女の子がシーグラスを渡した。
そして今。
高校生になった二人は、もう一度、海へ行く約束をした。
凪沙はまだ知らない。
樹があの日から、ずっとその約束を待っていたことを。

