死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~

 その夜、私は自室の窓辺に立って静かに夜空を見上げていた。
 天澤家における自分の居場所がとても温かいものに変わり、篤志さんから向けられる眼差しも、深い愛情が込められるようになった。
 左手の薬指で、サファイアの指輪が月明かりを受けて静かに輝いている。
 その光を見つめながら、私は胸の内で、亡くなった家族に語りかけた。

(お父様、お母様、千太。私は今、幸せです)

 医者になる夢は叶わなかった。
 だけど父が遺してくれた知識と家族を思う心は、この家の人々を救った。
 そして何より、父は最愛の人である篤志さんとの縁を結んでくれたのだ。

「琴乃、まだ起きているか?」

 呼びかける声に気づいて、私は静かに振り返った。

「はい」と返事をすると、篤志さんが障子を開けて顔を覗かせ、部屋の中へ入ってきた。

「旅行の話なんだが……琴乃さえよければ、少し急だが来月にでも」
「ありがとうございます。嬉しいです。楽しみにしています」

 私がにこりと微笑むと、篤志さんは優しく目を細めてこちらへ近づいてきた。
 窓辺に並んで立ち、ふたりで同じ夜空を見上げる。

「琴乃、これから先もずっと一緒にいような」
「はい。もちろんです。篤志さん」

 名前を呼ぶたび、まだ少し恥ずかしさが込み上げる。
 だけどそれだけじゃない。幸せな気持ちで満たされて、胸がいっぱいになる。

 不遇だった私の人生は、彼と結婚したことで、幸せな物語に変わった。

 篤志さんが私の手を静かに握り、私も握り返す。
 ——もう大丈夫。
 この温もりを、これから先もずっと大切にしていこう。

 窓の外には、煌々と輝く月。
 そこに、これから始まるふたりの輝かしい未来が見える気がした。
 

(了)