【第2部】 エモパレ ~舞踏会編~ ―偽装夫婦になった私が、オジさま副局長に本当に選ばれるまで―


「ローゼッタおばちゃん! あたしに合う、貴族の夜会用のドレスってある!?」
「あらまぁ、ハルネちゃん。 ごめんねぇ、ウチはほら、飾りの良い服はあるけど平民用だから……」


―――――――


「ギルベットおじさん! あたしに合う、貴族の社交パーティー用のドレスって仕立てられる!?」
「おぉ、ハルネちゃん。 そりゃあ出来ない事もないが……いつまでだい?」
「今日っ!」
「無理」


―――――――


「ゼラちゃん! あたしに合う、社交パーティー用のドレス持ってない!?」
「なんでアタシのとこ来たの……?」
「だって……」
「そもそも、そういう仕立ての良い服は、ハルネの方が持ってるじゃないか」

 朝から駆けずり回り、馴染みの服飾店に声を掛けたけど、やっぱり無理だった。

 そりゃ当然だ。 今日中って……

 そして、なぜか勢い余って西街のリゼラちゃんの所にまで来てしまった。

「ねぇ! 貴族のパーティーに着ていける服、売ってるトコ知らない!?」
「そういうの、アタシよりハルネのが詳しいんじゃないの?」
「西街はあんまり知らないの!」
「アタシだってあんまり知らないよ! そりゃいくつか心当たりはあるけど……」
「それでいいから教えてっ!」

 こういう時は行動だ。
 とにかく足で探すんだ。

 リゼラちゃんちの農場まで来たのは、大分遠回りだった気もするけども。
 でも、じっとしているよりずっとマシだった。

「ほら、ココに書いておいたから……」

 納屋の軒先で待っていると、すぐにメモ書きを用意してくれるリゼラちゃん。

 持つべきものは親友だ。

「ありがと! ………………」
「……何モジモジしてんの?」
「……ええと」
「ははーん、何かアタシに聞きたい事あったんだ? わざわざここに来る用事としては、おかしいもんね」

 くそぅ、大雑把なリゼラちゃんにしては鋭い。

 でもそれはきっと本当の事だ。
 なので、遠慮なく相談する。


「実はね……」

 あんまり詳しい事は言えない。
 例の事件のお手伝いって事で、貴族向けの社交パーティーに、オジさまのパートナーとして出席することを説明する。

「いつの間にそんなに進展したの? アンタ達」
「いや~、色々あってね」
「ちょっと前まで「オジさまが―」って、ピーピー泣いてたクセに」
「うっ。 それを言われると痛い……」

 恥ずい……

 けど、あの時あたしが気持ちを立て直せたのは、間違いなくリゼラちゃんのおかげだ。
 心の中でお礼は言っておく。

「で?」
「……で?」
「それを言いに来たの?」
「ああ、えっと、その、あの、うーんと……」
「何よ、歯切れの悪い」

 だって……

「……ホントにあたしがパートナー役でいいと思う?」
「ハァ? 何? 惚気に来たのアンタ?」
「だって……」

 だって……

「そのオジさまの方から依頼されたんだろ? ハルネに」
「……うん」
「じゃあもうそれが答えじゃない! いくら恋愛に疎いアタシだってわかるよ、そのくらい!」


――リゼラちゃんの感情色は、呆れのバターイエローで一色だ。


「……やっぱり、そうなのかな?」

 一方のあたしは、「やっぱりあたしなんかが……」って気持ちが、一晩で再燃してきていた。

 ドレス姿で? あたしが? って。

「即断即決のハルネが、こんなふにゃふにゃになるなんて……アンタ、ちゃんと恋してるのね」
「……うん」

 そこはもう認めようと思う。

「……ふふ。 さっきも言ったけど、そのオジさまの方から頼まれたんでしょ? だったらちゃんと気に入られてるよ。 ハルネは」

 大きな瞳を細めて笑うリゼラちゃん。

 美人でスタイルも良い彼女にそう言われるのは、なんだかもにょもにょする所ではあるけれど……

「……そう?」
「そうだよ。 ほら、自信持って!」

 バンっと背中を叩いてくる親友。

 胸の奥できゅっと縮こまっていたもの。
 それが、リゼラちゃんの掌で、背中から押しだされたような気がした。

 うん、やっぱりリゼラちゃんといると気持ちいいね。

「……うん、そっか、そうだよね! 頼まれたんだもの! とにかくちゃんと、こなさなきゃ!」
「いつもの調子出てきたじゃん」
「うん! お邪魔してごめんね! じゃあ教えてもらったココに行ってみるよ!」
「まぁ、そこもそんなに期待は出来ないけどね。 頑張れよ、ルネちゃん!」

 春の陽射しを照り返す、一つ結びの金髪。

 チャーミングなそばかすに笑顔をトッピングして、リゼラちゃんは気持ちよく送り出してくれた。

 こうやって、親友の肯定を摂取したくてココに来たのかもしれない。

 随分遠回りしたけど、まだ時間はある。

 傾いた柵沿いに、緑のコーン畑のあぜ道を、早足で歩く。

 すると、前の方に見覚えのある人影が見えた。


――黒を差し色に、藍色に染め上げられたシックな制服。


「んえ! オジさま!」


――明るい茶髪に、人懐っこそうなタレ目と笑顔。


「……ん?」
「ちっス! ハル姐さん!」

 同じ調査局の官服を着た、レルガさんだった。

「オジさまかと思った……」
「まったく探しやしたぜ……」

 以前この場所で、全く同じようにオジさまに待ち構えられた事を思い出した。

「こんにちわ、レルガさん。 あたしに何か?」
「何か? じゃないッスよ……あれ? 隊長は言わなかったんスか? 朝、店の方に迎えの者が行くとか」
「え? オジさまが言ってたのは夕方迎えに来るとだけ……」
「……あ~、段取りはこっちで押さえてたんスけど、着付けの説明とかは抜けてたんスね…………隊長、女っ気無いから」

 あちゃーとばかりに、オーバーに顔を伏せるレルガさん。

「とにかく、調査局の方へ。 急ぎやしょう!」
「え? え? だって……」
「とりあえず調査局へ。 まずはそれからッス!」

 レルガさんは、あぜ道をしっかりとした足取りで先導する。

 あたしも置いていかれないよう、早足でそれを追う。

「焦りやしたぜ。 香房に行ったらエナ姐さんが「たぶんリゼラっちの所」って。 上手く捕まえられて良かったッスよ!」

 なぜあの子はあたしがリゼラちゃんの所へ行くと分かったのだ?

 シャリエナ……おそろしい子!

「レルガさん、あのね? あたしまだ夜会用のドレス、用意できてないんだけど……」
「あ~、そういう事だったんスね。 だから、その心配は無用ッス!」

 横に並ぶと、あたしの速度に自然に合わせてくれるレルガさん。
 この人……多分モテる!

「無用って……だって、その、あたしの……体型ってさ」
「ああ! 既製のドレスそのまま、とはいかねぇッスけど、ぜんぜん調整の範囲内ッス!」

 調整の範囲内?

 正直に言う。

 ドレスなんて代物、並大抵の既製品じゃ絶対入らない自信がある。 ……やな自信!

 それが調整でどうにかなるとは、とても思えないんだけど。


「もう一度言いやスけど、心配無用っス!」
 

 やけに確信を持って言うレルガさんを信じて、あたし達は調査局へと急いだ。


……………


「ところで、レルガさんって、なんでオジさまを隊長って呼ぶの?」

 道すがら、ふとレルガさんに以前から気になっていた疑問をぶつけてみた。

「ああ、ボスは以前、オレがいた部隊の隊長だったんスよ。 当時ビビりまくってたオレを随分買ってくれて。 尊敬の意味も込めて呼ばせてもらってるッス!」
「でも、オジさまは隊長って呼ばれるの、好きじゃないみたいね?」
「そうなんスよね……呼ぶとおっかないし」
「じゃ、なんでわざわざ呼ぶの?」
「……オレが隊長って呼ぶと、必ずツッコミを貰えるんスよ。 隊長と呼ぶな、と。 それがなんだか嬉しくて、つい」
「ふふ、なるほどなー」
「ま、どうでもいい事ッスけどねー」


――そう言いつつも、ほんのり薄めのオレンジの感情色を見せるレルガさん。


 これは嬉しみの色。
 レルガさんはおそらく、オジさまに軽く甘えてるんだ。

 天然なのかな?
 うーん、だとしたらレルガさんは、相当に人と距離を詰めるのが上手いのかも。

 しかし、いちいちツッコむオジさまもカワイイ。
 気付いてないはずはないし、意外と知ってて放置してるのかも?

 なんとなく聞いたレルガさんへの疑問から、オジさまの事を聞けて……

 あたしはちょっと嬉しくなった。



―――――――



 相変わらず閑静な調査局のロビーを抜け、とある一室へ案内された。

 扉の見た目から、会議室のような部屋を想像した。

 しかし、足を踏み入れたそこには、壁一面に、衣装ラックが整然と並んでいた。

 軍服、平民の普段着、作業着っぽいモノ。
 給仕服も何種類かある。 地味目なデザインのものに、可愛らしいメイド服も。
 その奥には、場違いなほど綺麗なマーメイドドレスが見える。

 とっても大きなウォークインクローゼットのような部屋。
 
 その備えの厚さに、調査局が調査局たるゆえんを見せつけられたような気分になった。

「ほえ~」
「第二調査局は、第一と違って、潜入任務もよくあるんスよ」

 衣装の数に感心の声が漏れていたあたしに、レルガさんが補足してくれた。

「貴族の夜会から下街の酒場まで。 潜入に服は付き物ッスからね」
「そうなんだ……」

 でも……

「たしかにすごい数の衣装だけど、あたしに合うサイズなんて……」

 ドレスもいくつか用意があるみたいだ。

 しかし、ちょっとやそっとの調整じゃ、あたしに合うサイズになるとは思えない。

「言ったっスよね? 想定内だって」

 そう言ってレルガさんは部屋の奥へ向かう。

 奥の作業机で、何かの作業をしている背の低い女の子。
 黒髪おかっぱの、ちみっこいメイドさんだった。

「紹介するッス。 妹のトリサっス」
「むむむ? なんだ、兄か」

 作業の手を止め、こちらにトトトと歩いてくる、ちみっこメイドさん。

「どもども。 ご紹介にあずかりもうしたトリサでござい」

 あら、かわいい。

 スカートの裾を軽くつまみ、きれいな膝折礼。
 妙な口調と、きちんとしたカーテシーにちぐはぐな印象を受ける。

 でも、猫のようなツリ目が、どこか上品に見えた。

「こちらこそ、どもども。 あたしはハルネ・サフランと申すでござい」

 妙な口調が移った。

「むむっ……この人が今日のおねーさん?」
「そう。 ハル姐さんッス」

 トリサちゃんが、あたしを上から下まで眺める。

 ぱぁっと顔が輝いた。


「ふくふくのおねーさん!」


――タッタッタ、ぽふっ!


 トリサちゃんが、ためらいもなく、あたしの胸めがけてタックルしてきた。

「トリサ、やめい。 ……ハル姐さん、こう見えて、トリサは異能持ちッス」
「異能……?」

 兄の言う事に耳を貸さず、あたしの胸にうずくまりながら、うにうにと顔を動かすトリサちゃん。


「そうッス。 通称……『針子のトリサ』」