「ローゼッタおばちゃん! あたしに合う、貴族の夜会用のドレスってある!?」
「あらまぁ、ハルネちゃん。 ごめんねぇ、ウチはほら、飾りの良い服はあるけど平民用だから……」
―――――――
「ギルベットおじさん! あたしに合う、貴族の社交パーティー用のドレスって仕立てられる!?」
「おぉ、ハルネちゃん。 そりゃあ出来ない事もないが……いつまでだい?」
「今日っ!」
「無理」
―――――――
「ゼラちゃん! あたしに合う、社交パーティー用のドレス持ってない!?」
「なんでアタシのとこ来たの……?」
「だって……」
「そもそも、そういう仕立ての良い服は、ハルネの方が持ってるじゃないか」
朝から駆けずり回り、馴染みの服飾店に声を掛けたけど、やっぱり無理だった。
そりゃ当然だ。 今日中って……
そして、なぜか勢い余って西街のリゼラちゃんの所にまで来てしまった。
「ねぇ! 貴族のパーティーに着ていける服、売ってるトコ知らない!?」
「そういうの、アタシよりハルネのが詳しいんじゃないの?」
「西街はあんまり知らないの!」
「アタシだってあんまり知らないよ! そりゃいくつか心当たりはあるけど……」
「それでいいから教えてっ!」
こういう時は行動だ。
とにかく足で探すんだ。
リゼラちゃんちの農場まで来たのは、大分遠回りだった気もするけども。
でも、じっとしているよりずっとマシだった。
「ほら、ココに書いておいたから……」
納屋の軒先で待っていると、すぐにメモ書きを用意してくれるリゼラちゃん。
持つべきものは親友だ。
「ありがと! ………………」
「……何モジモジしてんの?」
「……ええと」
「ははーん、何かアタシに聞きたい事あったんだ? わざわざここに来る用事としては、おかしいもんね」
くそぅ、大雑把なリゼラちゃんにしては鋭い。
でもそれはきっと本当の事だ。
なので、遠慮なく相談する。
「実はね……」
あんまり詳しい事は言えない。
例の事件のお手伝いって事で、貴族向けの社交パーティーに、オジさまのパートナーとして出席することを説明する。
「いつの間にそんなに進展したの? アンタ達」
「いや~、色々あってね」
「ちょっと前まで「オジさまが―」って、ピーピー泣いてたクセに」
「うっ。 それを言われると痛い……」
恥ずい……
けど、あの時あたしが気持ちを立て直せたのは、間違いなくリゼラちゃんのおかげだ。
心の中でお礼は言っておく。
「で?」
「……で?」
「それを言いに来たの?」
「ああ、えっと、その、あの、うーんと……」
「何よ、歯切れの悪い」
だって……
「……ホントにあたしがパートナー役でいいと思う?」
「ハァ? 何? 惚気に来たのアンタ?」
「だって……」
だって……
「そのオジさまの方から依頼されたんだろ? ハルネに」
「……うん」
「じゃあもうそれが答えじゃない! いくら恋愛に疎いアタシだってわかるよ、そのくらい!」
――リゼラちゃんの感情色は、呆れのバターイエローで一色だ。
「……やっぱり、そうなのかな?」
一方のあたしは、「やっぱりあたしなんかが……」って気持ちが、一晩で再燃してきていた。
ドレス姿で? あたしが? って。
「即断即決のハルネが、こんなふにゃふにゃになるなんて……アンタ、ちゃんと恋してるのね」
「……うん」
そこはもう認めようと思う。
「……ふふ。 さっきも言ったけど、そのオジさまの方から頼まれたんでしょ? だったらちゃんと気に入られてるよ。 ハルネは」
大きな瞳を細めて笑うリゼラちゃん。
美人でスタイルも良い彼女にそう言われるのは、なんだかもにょもにょする所ではあるけれど……
「……そう?」
「そうだよ。 ほら、自信持って!」
バンっと背中を叩いてくる親友。
胸の奥できゅっと縮こまっていたもの。
それが、リゼラちゃんの掌で、背中から押しだされたような気がした。
うん、やっぱりリゼラちゃんといると気持ちいいね。
「……うん、そっか、そうだよね! 頼まれたんだもの! とにかくちゃんと、こなさなきゃ!」
「いつもの調子出てきたじゃん」
「うん! お邪魔してごめんね! じゃあ教えてもらったココに行ってみるよ!」
「まぁ、そこもそんなに期待は出来ないけどね。 頑張れよ、ルネちゃん!」
春の陽射しを照り返す、一つ結びの金髪。
チャーミングなそばかすに笑顔をトッピングして、リゼラちゃんは気持ちよく送り出してくれた。
こうやって、親友の肯定を摂取したくてココに来たのかもしれない。
随分遠回りしたけど、まだ時間はある。
傾いた柵沿いに、緑のコーン畑のあぜ道を、早足で歩く。
すると、前の方に見覚えのある人影が見えた。
――黒を差し色に、藍色に染め上げられたシックな制服。
「んえ! オジさま!」
――明るい茶髪に、人懐っこそうなタレ目と笑顔。
「……ん?」
「ちっス! ハル姐さん!」
同じ調査局の官服を着た、レルガさんだった。
「オジさまかと思った……」
「まったく探しやしたぜ……」
以前この場所で、全く同じようにオジさまに待ち構えられた事を思い出した。
「こんにちわ、レルガさん。 あたしに何か?」
「何か? じゃないッスよ……あれ? 隊長は言わなかったんスか? 朝、店の方に迎えの者が行くとか」
「え? オジさまが言ってたのは夕方迎えに来るとだけ……」
「……あ~、段取りはこっちで押さえてたんスけど、着付けの説明とかは抜けてたんスね…………隊長、女っ気無いから」
あちゃーとばかりに、オーバーに顔を伏せるレルガさん。
「とにかく、調査局の方へ。 急ぎやしょう!」
「え? え? だって……」
「とりあえず調査局へ。 まずはそれからッス!」
レルガさんは、あぜ道をしっかりとした足取りで先導する。
あたしも置いていかれないよう、早足でそれを追う。
「焦りやしたぜ。 香房に行ったらエナ姐さんが「たぶんリゼラっちの所」って。 上手く捕まえられて良かったッスよ!」
なぜあの子はあたしがリゼラちゃんの所へ行くと分かったのだ?
シャリエナ……おそろしい子!
「レルガさん、あのね? あたしまだ夜会用のドレス、用意できてないんだけど……」
「あ~、そういう事だったんスね。 だから、その心配は無用ッス!」
横に並ぶと、あたしの速度に自然に合わせてくれるレルガさん。
この人……多分モテる!
「無用って……だって、その、あたしの……体型ってさ」
「ああ! 既製のドレスそのまま、とはいかねぇッスけど、ぜんぜん調整の範囲内ッス!」
調整の範囲内?
正直に言う。
ドレスなんて代物、並大抵の既製品じゃ絶対入らない自信がある。 ……やな自信!
それが調整でどうにかなるとは、とても思えないんだけど。
「もう一度言いやスけど、心配無用っス!」
やけに確信を持って言うレルガさんを信じて、あたし達は調査局へと急いだ。
……………
「ところで、レルガさんって、なんでオジさまを隊長って呼ぶの?」
道すがら、ふとレルガさんに以前から気になっていた疑問をぶつけてみた。
「ああ、ボスは以前、オレがいた部隊の隊長だったんスよ。 当時ビビりまくってたオレを随分買ってくれて。 尊敬の意味も込めて呼ばせてもらってるッス!」
「でも、オジさまは隊長って呼ばれるの、好きじゃないみたいね?」
「そうなんスよね……呼ぶとおっかないし」
「じゃ、なんでわざわざ呼ぶの?」
「……オレが隊長って呼ぶと、必ずツッコミを貰えるんスよ。 隊長と呼ぶな、と。 それがなんだか嬉しくて、つい」
「ふふ、なるほどなー」
「ま、どうでもいい事ッスけどねー」
――そう言いつつも、ほんのり薄めのオレンジの感情色を見せるレルガさん。
これは嬉しみの色。
レルガさんはおそらく、オジさまに軽く甘えてるんだ。
天然なのかな?
うーん、だとしたらレルガさんは、相当に人と距離を詰めるのが上手いのかも。
しかし、いちいちツッコむオジさまもカワイイ。
気付いてないはずはないし、意外と知ってて放置してるのかも?
なんとなく聞いたレルガさんへの疑問から、オジさまの事を聞けて……
あたしはちょっと嬉しくなった。
―――――――
相変わらず閑静な調査局のロビーを抜け、とある一室へ案内された。
扉の見た目から、会議室のような部屋を想像した。
しかし、足を踏み入れたそこには、壁一面に、衣装ラックが整然と並んでいた。
軍服、平民の普段着、作業着っぽいモノ。
給仕服も何種類かある。 地味目なデザインのものに、可愛らしいメイド服も。
その奥には、場違いなほど綺麗なマーメイドドレスが見える。
とっても大きなウォークインクローゼットのような部屋。
その備えの厚さに、調査局が調査局たるゆえんを見せつけられたような気分になった。
「ほえ~」
「第二調査局は、第一と違って、潜入任務もよくあるんスよ」
衣装の数に感心の声が漏れていたあたしに、レルガさんが補足してくれた。
「貴族の夜会から下街の酒場まで。 潜入に服は付き物ッスからね」
「そうなんだ……」
でも……
「たしかにすごい数の衣装だけど、あたしに合うサイズなんて……」
ドレスもいくつか用意があるみたいだ。
しかし、ちょっとやそっとの調整じゃ、あたしに合うサイズになるとは思えない。
「言ったっスよね? 想定内だって」
そう言ってレルガさんは部屋の奥へ向かう。
奥の作業机で、何かの作業をしている背の低い女の子。
黒髪おかっぱの、ちみっこいメイドさんだった。
「紹介するッス。 妹のトリサっス」
「むむむ? なんだ、兄か」
作業の手を止め、こちらにトトトと歩いてくる、ちみっこメイドさん。
「どもども。 ご紹介にあずかりもうしたトリサでござい」
あら、かわいい。
スカートの裾を軽くつまみ、きれいな膝折礼。
妙な口調と、きちんとしたカーテシーにちぐはぐな印象を受ける。
でも、猫のようなツリ目が、どこか上品に見えた。
「こちらこそ、どもども。 あたしはハルネ・サフランと申すでござい」
妙な口調が移った。
「むむっ……この人が今日のおねーさん?」
「そう。 ハル姐さんッス」
トリサちゃんが、あたしを上から下まで眺める。
ぱぁっと顔が輝いた。
「ふくふくのおねーさん!」
――タッタッタ、ぽふっ!
トリサちゃんが、ためらいもなく、あたしの胸めがけてタックルしてきた。
「トリサ、やめい。 ……ハル姐さん、こう見えて、トリサは異能持ちッス」
「異能……?」
兄の言う事に耳を貸さず、あたしの胸にうずくまりながら、うにうにと顔を動かすトリサちゃん。
「そうッス。 通称……『針子のトリサ』」


