――キイィィンッ!
「あら」
反射的に差し出したリーフシールドが、鋭い細剣の一撃を受け止めた。
小盾がステッキの中央にあったのが、功を奏した。
びっくりした。
剣を構えた時点で、警戒はしていた。
でも、何の迷いもなく、真っ直ぐに胸元を狙ってくるとは思わなかった。
「幸運でしたね。 では、これならどうでしょうか」
口元に薄く笑みを浮かべながら、リセリーナさんが襲いかかる。
払い、薙ぎ、突き。
淀みない連撃は、明らかに鍛え上げられた剣術だった。
「わっ、たっ! とっ!」
それを、かろうじて……本当にギリギリで捌いていく。
いくらリセリーナさんの感情がおかしいと言っても、彼女は感情の無いロボットじゃない。
そこには意志が存在する。
あたしはエモパレで、その意志の”起こり”を読み取り、なんとか防いでいく。
いつかのヒョロキモ戦での経験が生きたせいか。
それとも、リセリーナさんが遊んでいるせいか。
今のところ無傷でいられているのは、奇跡の所業かもしれなかった。
キィイン、とステッキと剣が押し合う形になり、体重を生かして押し飛ばす。
距離を取れたことで、一息つくことができた。
「はぁ、はぁ……」
「凄い。 本当に素晴らしいですわハルネさん。 わたくしの攻撃を防ぎきるとは」
「……リ、リセリーナさんこそ、ガチの剣捌きじゃないのさ。 こ、高貴なご令嬢さまじゃなかったの?」
「淑女の嗜みです」
どんな淑女だよ! アグレッシヴ過ぎるでしょ!
リセリーナさんが、見た目にそぐわぬ踏み込みで再び間合いを詰めてくる。
突きを小盾で逸らし、返す横薙ぎをステッキの柄で受ける。
集中力が持たない!
このままじゃダメだ!
相手の土俵に立ったら防戦一方だ。
自分の強みを、押し付けるんだ!
やや強引にリセリーナさんに肉薄し、小盾でレイピアの刀身を押さえ込む。
とにかく、まずはくっつくんだ!
何を言われようと、あたしにはこの形!
下半身に力を入れ、体重を乗せて大きくリセリーナさんを弾き飛ばす。
「っ……」
彼女が大きく体勢を崩す。
その隙を逃さず、ドレスのポケットから灰色のボールを取り出した。
そのまま、あたしたちの間の床へと叩きつける。
「えいっ! フワモコスモーク!」
煙幕だ。
狭い範囲だが、灰色の煙があたし達を包む。
エモパレハックで、煙の向こうのリセリーナさんの感情色の輪郭は捉えている。
死角に回り込み、足元への打撃の奇襲!
「えやっ!」
もらったと思ったら、ガキィンっという手応え。
しっかりと剣で防がれた。
読まれた!?
それとも、煙の動きで見切ったの!?
「あら、そこですね」
ピュウンという細剣の払いが、あたしに襲い掛かる。
向こうも、あたしの位置を正確には捉えられなかったらしい。
払いの切っ先は逸れて、なんとか躱すことが出来た。
防がれたのは釈然としないけど……
「えーいっ!」
もう一度くっつくんだ!
小盾を構えて、リセリーナさんの輪郭に向かってタックルを試みる。
リセリーナさんはそれを……大きく後ろに飛びつつ、バク転で回避した。
フワモコスモークの煙幕が晴れる。
「ウフフフ。 とってもユニークな攻撃。 やりますね」
「そっちこそどうなってんの!? その、淑女にあるまじき華麗な体捌き!」
「これも、淑女の嗜みです」
「どんだけ嗜んでんのさ! 淑女!」
ツッコミどころは多いが、今のところあたしが必死なだけで、リセリーナさんは余裕で綽々だ。
息を整えながら、次の手を考える。
でも……
「……こうやってリセリーナさんが直接戦うって事は、もう手札が無いって事だよね!」
「ウフフ。 さて、それはどうでしょうか」
レイピアの剣先を、指先で弄ぶリセリーナさん。
「しかし、本当に素晴らしいですわハルネさん。 わたくし、アナタの事がもっと好きになってしまいました」
――感情色は、相変わらずのオレンジゴールド。
からかいや嘲りの色が一切出ていない。 本心だ。
彼女は本当に、無邪気に楽しんでいる。
「信じていただかなくても結構ですが、わたくしは、アナタにも幸せをお裾分けしたくて、お招きしたのです」
「へっ? なにそれ? どういう事?」
相変わらずリセリーナさんの言動は、突拍子もなく理解不能だ。
彼女は、あたしの疑問に答えることはなかった。
そして、剣先で弄ぶのを止め、再び優雅に戦闘態勢を取った。
「もう少々踊りましょうか、ハルネさん。 今度は、趣向を変えて」
細剣を横薙ぎ。
あたしは小盾を前へと出す。
だけど、感情の起こりが変化したのに気が付いた。
リセリーナさんは剣を途中で止め、身体を後ろに捻ったかと思うと……
「ま、回し蹴りっ!?」
間一髪、しゃがんで躱せた。
趣向を変えたって……こういう事!?
彼女は、剣に加え、拳や蹴りまで織り交ぜてきた。
体術を交えた連撃。
あたしはなんとか必死で躱していく。
しかし、攻撃の起こりが分かっても、回転の速い連撃全てを止められるはずもなく……
「んぐぅっ!」
お腹に一発、肘打ちを食らってしまった。
痛ったぁ……でも、ドレスとお腹のお肉が衝撃を受け止めてくれた。
大丈夫、まだ動ける!
でも……防戦はダメだ!
自分のペースを作らないと!
二度、三度とステッキを大きく振るう。
リセリーナさんは、初撃こそレイピアで受け流したものの、長い杖の間合いを嫌って距離を取った。
チャンスだっ!
ポケットから取り出した青い小瓶。
中身をリセリーナさんの足元へぶちまける。
「くらえ新兵器! パチパチポッピングソーダ!」
床に撒かれた薬液が、空気と反応して激しく弾ける。
――パチパチパチパチっ!
「うっ……なんですかこれは」
花火のように激しく弾ける薬液に、思わず顔を手で覆うリセリーナさん。
足が止まった! やるしかない!!
続けてあたしが取り出したのは、小さな布袋。
「マイクロフラワーパウダー!」
目の前に撒いたそれは、白くて大きな粉塵の塊を作った。
正体はただの細かく挽いた小麦粉。
「ウインドっ!」
リーフシールドステッキに組み込んだ風の魔法が発動する。
風の魔法とは言っても生活魔法程度の、小さなそよ風。
でも、粉塵を相手に押し付けるには十分!
巻き添えを食らわないように、体勢を低くして、ステッキを粉塵へと突き出す!
「くらえっ! 着火っ! フラワーブレイズ!」
ステッキの先端から火花を散らす。
着火された粉塵が、ボウッと巨大な炎の柱を生んだ。
「きゃっ!」
リセリーナさんが、大きく後ろに仰け反る。
「どうだ!?」
炎の柱とは言っても、燃え上がったのは一瞬だけ。
直撃したと思った炎を、どうやらかろうじて躱していたらしい。
腕で顔を庇ってはいたが、どう見ても無傷だった。
何事も無かったかのように、再び自然体に構えるリセリーナさん。
くそ~、これでもダメか。
……ん?
「あら」
彼女のプラチナ色のドレスには、火がついていた。
それを、ぼうっと見つめているリセリーナさん。
「リ、リセリーナっ!」
背後で固まっていたアルテノット男爵が、慌てた様子で水魔法を唱える。
裾に燃え移っていた火は、男爵さまが放った生活魔法程度の水で、すぐに消えた。
「助かりましたわ旦那様」
感情がこもっているんだか、全然分からない淡々とした一言。
同じ事を男爵さまも思ったようで、怪訝な顔でリセリーナさんを見つめていた。
振り返ったリセリーナさんは、今度はあからさまに楽しそうな表情を見せる。
「フフッ……フフフフッ! とっても楽しい。 余興でこんなに胸が躍るとは思いませんでした。 ありがとうハルネさん」
男爵さまに向けた言葉と違い、彼女にしては興奮冷めやらぬ様子が見てとれた。
それよりも……!
「余興!? なによそれ! まだ何かするつもりなの!?」
「ノクスミアには、いくつか種類があるのです」
「……えっ?」
急に話題を変えるリセリーナさん。
相変わらず脈絡のない言動。
……ノクスミアの、種類?
「今ある感情を増幅するノクスミア――会場にも撒いたものですね。 そして、感情の昂ぶりを、肉体へと反映させるノクスミア”β”」
「ベータ? 感情の昂ぶりを、身体にって……まさか、それって……」
瞬間的に恐怖が蘇った。
思い出したのは、サフラン香房を散々破壊したアイツ。
ヒョロキモの――変貌。
背筋に、冷たいものが走った。
「フフフ。 調べましたよ、ハルネさん。 アナタのお店が犠牲となったようですね」
「くっ……なんで、あたしのお店を!?」
「それは偶然です。 狙ったワケではありません」
「…………」
――感情色に揺らぎはない。
本当だろうか? と疑ってみても、この人の感情から心理を推測するのはとても難しい。
……っていうかムリ。
でも、感情がおかしいとは言っても、リセリーナさんはとても素直な人とも言える。
妙にその言葉が信じられた。
……いや、そうじゃなくて!
「ちょっと待って。 その話を今するって事は……」
「察しが良いですね、ウフフフ。 さて、ハルネさんに一つ問いかけをいたしましょうか」
リセリーナさんは、左手の人差し指を立てながら、妙に子供っぽい様子でその言葉を告げた。
「わたくしがさきほどトラッド将軍に渡した小瓶。 なんだと思いますか」
「ま、ま、まさか……」
ギルトハルトさんの強さは、ヴァルさまと、ほとんど互角のように見えた。
そんな彼が……強さを求めて、異形の化け物に変貌したとしたら?
「ヴァルさまっ……!」
後ろを、上がって来た階段の方を振り返る。
思わずステッキをぎゅっと握る。
ヴァルさまがやられてしまう姿を想像して、息が詰まった。
目を背けるように首を振った。
だけど……今はっ!
視線を戻して、リセリーナさんを睨む。
狼狽えたあたしの様子を見て、さぞ、ほくそ笑んでいるのだろう。
そう思ったあたしの予想を裏切り、リセリーナさんは……
「ウフフ、フッフフフ……」
くすくすと楽しそうに笑うリセリーナさんの視線は、
あたしでもなく、
階下でもなく、
その楽しさの向く先は、あたしには分からなかった。


