【第2部】 エモパレ ~舞踏会編~ ―偽装夫婦になった私が、オジさま副局長に本当に選ばれるまで―



――キイィィンッ!

「あら」

 反射的に差し出したリーフシールドが、鋭い細剣の一撃を受け止めた。
 小盾がステッキの中央にあったのが、功を奏した。

 びっくりした。
 剣を構えた時点で、警戒はしていた。
 でも、何の迷いもなく、真っ直ぐに胸元を狙ってくるとは思わなかった。

「幸運でしたね。 では、これならどうでしょうか」

 口元に薄く笑みを浮かべながら、リセリーナさんが襲いかかる。

 払い、薙ぎ、突き。
 淀みない連撃は、明らかに鍛え上げられた剣術だった。

「わっ、たっ! とっ!」

 それを、かろうじて……本当にギリギリで捌いていく。

 いくらリセリーナさんの感情がおかしいと言っても、彼女は感情の無いロボットじゃない。
 そこには意志が存在する。

 あたしはエモパレで、その意志の”起こり”を読み取り、なんとか防いでいく。

 いつかのヒョロキモ戦での経験が生きたせいか。
 それとも、リセリーナさんが遊んでいるせいか。

 今のところ無傷でいられているのは、奇跡の所業かもしれなかった。

 キィイン、とステッキと剣が押し合う形になり、体重を生かして押し飛ばす。
 距離を取れたことで、一息つくことができた。

「はぁ、はぁ……」
「凄い。 本当に素晴らしいですわハルネさん。 わたくしの攻撃を防ぎきるとは」
「……リ、リセリーナさんこそ、ガチの剣捌きじゃないのさ。 こ、高貴なご令嬢さまじゃなかったの?」
「淑女の嗜みです」

 どんな淑女だよ! アグレッシヴ過ぎるでしょ!

 リセリーナさんが、見た目にそぐわぬ踏み込みで再び間合いを詰めてくる。
 突きを小盾で逸らし、返す横薙ぎをステッキの柄で受ける。

 集中力が持たない!
 このままじゃダメだ!

 相手の土俵に立ったら防戦一方だ。
 自分の強みを、押し付けるんだ!

 やや強引にリセリーナさんに肉薄し、小盾でレイピアの刀身を押さえ込む。

 とにかく、まずはくっつくんだ!
 何を言われようと、あたしにはこの形!

 下半身に力を入れ、体重を乗せて大きくリセリーナさんを弾き飛ばす。

「っ……」

 彼女が大きく体勢を崩す。

 その隙を逃さず、ドレスのポケットから灰色のボールを取り出した。
 そのまま、あたしたちの間の床へと叩きつける。

「えいっ! フワモコスモーク!」

 煙幕だ。
 狭い範囲だが、灰色の煙があたし達を包む。

 エモパレハックで、煙の向こうのリセリーナさんの感情色の輪郭は捉えている。
 死角に回り込み、足元への打撃の奇襲!

「えやっ!」

 もらったと思ったら、ガキィンっという手応え。
 しっかりと剣で防がれた。

 読まれた!?
 それとも、煙の動きで見切ったの!?

「あら、そこですね」

 ピュウンという細剣の払いが、あたしに襲い掛かる。

 向こうも、あたしの位置を正確には捉えられなかったらしい。
 払いの切っ先は逸れて、なんとか躱すことが出来た。

 防がれたのは釈然としないけど……

「えーいっ!」

 もう一度くっつくんだ!

 小盾を構えて、リセリーナさんの輪郭に向かってタックルを試みる。
 リセリーナさんはそれを……大きく後ろに飛びつつ、バク転で回避した。

 フワモコスモークの煙幕が晴れる。

「ウフフフ。 とってもユニークな攻撃。 やりますね」
「そっちこそどうなってんの!? その、淑女にあるまじき華麗な体捌き!」
「これも、淑女の嗜みです」
「どんだけ嗜んでんのさ! 淑女!」

 ツッコミどころは多いが、今のところあたしが必死なだけで、リセリーナさんは余裕で綽々だ。

 息を整えながら、次の手を考える。
 でも……

「……こうやってリセリーナさんが直接戦うって事は、もう手札が無いって事だよね!」
「ウフフ。 さて、それはどうでしょうか」

 レイピアの剣先を、指先で弄ぶリセリーナさん。

「しかし、本当に素晴らしいですわハルネさん。 わたくし、アナタの事がもっと好きになってしまいました」

――感情色は、相変わらずのオレンジゴールド。

 からかいや嘲りの色が一切出ていない。 本心だ。
 彼女は本当に、無邪気に楽しんでいる。

「信じていただかなくても結構ですが、わたくしは、アナタにも幸せをお裾分けしたくて、お招きしたのです」
「へっ? なにそれ? どういう事?」

 相変わらずリセリーナさんの言動は、突拍子もなく理解不能だ。
 彼女は、あたしの疑問に答えることはなかった。

 そして、剣先で弄ぶのを止め、再び優雅に戦闘態勢を取った。

「もう少々踊りましょうか、ハルネさん。 今度は、趣向を変えて」

 細剣を横薙ぎ。
 あたしは小盾を前へと出す。
 だけど、感情の起こりが変化したのに気が付いた。

 リセリーナさんは剣を途中で止め、身体を後ろに捻ったかと思うと……

「ま、回し蹴りっ!?」

 間一髪、しゃがんで躱せた。

 趣向を変えたって……こういう事!?

 彼女は、剣に加え、拳や蹴りまで織り交ぜてきた。
 体術を交えた連撃。

 あたしはなんとか必死で躱していく。
 しかし、攻撃の起こりが分かっても、回転の速い連撃全てを止められるはずもなく……

「んぐぅっ!」

 お腹に一発、肘打ちを食らってしまった。

 痛ったぁ……でも、ドレスとお腹のお肉が衝撃を受け止めてくれた。
 大丈夫、まだ動ける!

 でも……防戦はダメだ!
 自分のペースを作らないと!

 二度、三度とステッキを大きく振るう。
 リセリーナさんは、初撃こそレイピアで受け流したものの、長い杖の間合いを嫌って距離を取った。

 チャンスだっ!

 ポケットから取り出した青い小瓶。
 中身をリセリーナさんの足元へぶちまける。

「くらえ新兵器! パチパチポッピングソーダ!」

 床に撒かれた薬液が、空気と反応して激しく弾ける。

――パチパチパチパチっ!

「うっ……なんですかこれは」

 花火のように激しく弾ける薬液に、思わず顔を手で覆うリセリーナさん。
 足が止まった! やるしかない!!

 続けてあたしが取り出したのは、小さな布袋。

「マイクロフラワーパウダー!」

 目の前に撒いたそれは、白くて大きな粉塵の塊を作った。
 正体はただの細かく挽いた小麦粉。

「ウインドっ!」

 リーフシールドステッキに組み込んだ風の魔法が発動する。
 風の魔法とは言っても生活魔法程度の、小さなそよ風。

 でも、粉塵を相手に押し付けるには十分!
 巻き添えを食らわないように、体勢を低くして、ステッキを粉塵へと突き出す!


「くらえっ! 着火っ! フラワーブレイズ!」


 ステッキの先端から火花を散らす。
 着火された粉塵が、ボウッと巨大な炎の柱を生んだ。

「きゃっ!」

 リセリーナさんが、大きく後ろに仰け反る。

「どうだ!?」

 炎の柱とは言っても、燃え上がったのは一瞬だけ。
 直撃したと思った炎を、どうやらかろうじて躱していたらしい。

 腕で顔を庇ってはいたが、どう見ても無傷だった。
 何事も無かったかのように、再び自然体に構えるリセリーナさん。

 くそ~、これでもダメか。
 ……ん?

「あら」

 彼女のプラチナ色のドレスには、火がついていた。
 それを、ぼうっと見つめているリセリーナさん。

「リ、リセリーナっ!」

 背後で固まっていたアルテノット男爵が、慌てた様子で水魔法を唱える。
 裾に燃え移っていた火は、男爵さまが放った生活魔法程度の水で、すぐに消えた。

「助かりましたわ旦那様」

 感情がこもっているんだか、全然分からない淡々とした一言。
 同じ事を男爵さまも思ったようで、怪訝な顔でリセリーナさんを見つめていた。

 振り返ったリセリーナさんは、今度はあからさまに楽しそうな表情を見せる。

「フフッ……フフフフッ! とっても楽しい。 余興でこんなに胸が躍るとは思いませんでした。 ありがとうハルネさん」

 男爵さまに向けた言葉と違い、彼女にしては興奮冷めやらぬ様子が見てとれた。
 それよりも……!

「余興!? なによそれ! まだ何かするつもりなの!?」
「ノクスミアには、いくつか種類があるのです」
「……えっ?」

 急に話題を変えるリセリーナさん。
 相変わらず脈絡のない言動。

 ……ノクスミアの、種類?

「今ある感情を増幅するノクスミア――会場にも撒いたものですね。 そして、感情の昂ぶりを、肉体へと反映させるノクスミア”β”」
「ベータ? 感情の昂ぶりを、身体にって……まさか、それって……」

 瞬間的に恐怖が蘇った。
 思い出したのは、サフラン香房を散々破壊したアイツ。

 ヒョロキモの――変貌。

 背筋に、冷たいものが走った。

「フフフ。 調べましたよ、ハルネさん。 アナタのお店が犠牲となったようですね」
「くっ……なんで、あたしのお店を!?」
「それは偶然です。 狙ったワケではありません」
「…………」

――感情色に揺らぎはない。

 本当だろうか? と疑ってみても、この人の感情から心理を推測するのはとても難しい。
 ……っていうかムリ。

 でも、感情がおかしいとは言っても、リセリーナさんはとても素直な人とも言える。
 妙にその言葉が信じられた。

 ……いや、そうじゃなくて!

「ちょっと待って。 その話を今するって事は……」
「察しが良いですね、ウフフフ。 さて、ハルネさんに一つ問いかけをいたしましょうか」

 リセリーナさんは、左手の人差し指を立てながら、妙に子供っぽい様子でその言葉を告げた。

「わたくしがさきほどトラッド将軍に渡した小瓶。 なんだと思いますか」
「ま、ま、まさか……」

 ギルトハルトさんの強さは、ヴァルさまと、ほとんど互角のように見えた。
 そんな彼が……強さを求めて、異形の化け物に変貌したとしたら?

「ヴァルさまっ……!」

 後ろを、上がって来た階段の方を振り返る。
 思わずステッキをぎゅっと握る。

 ヴァルさまがやられてしまう姿を想像して、息が詰まった。
 目を背けるように首を振った。

 だけど……今はっ!
 視線を戻して、リセリーナさんを睨む。

 狼狽えたあたしの様子を見て、さぞ、ほくそ笑んでいるのだろう。
 そう思ったあたしの予想を裏切り、リセリーナさんは……


「ウフフ、フッフフフ……」


 くすくすと楽しそうに笑うリセリーナさんの視線は、

 あたしでもなく、

 階下でもなく、

 その楽しさの向く先は、あたしには分からなかった。