【第2部】 エモパレ ~舞踏会編~ ―偽装夫婦になった私が、オジさま副局長に本当に選ばれるまで―



「……ギルトハルト、貴様っ!」
「どうしたゼオファルド! もっと真面目に打ってこいっ!」

 二人の剣戟が火花を散らす。

 凄まじい膂力振り回される、ギルトハルトさんの剣。
 ヴァルさまはそれを、時に刃で受け流し、時に最小限の足運びで躱し続けていた。

「リセリーナに味方するとは、狂ったかっ!?」
「狂ってなどおらぬ! 我の望みはただ一つ――!!」

 年代物の模造刀の剣先が、ヴァルさまを突き示す。
 ギルトハルトさんの感情色は変わらない。

――「渇望」の赤銅色のまま……

「お前と本気で戦う事だ! 我はこの時を待っていた!」
「……今はこんな事をしている場合ではなかろうがっ!」

 模造刀を構えるヴァルさま。
 迎え撃つ姿勢こそ見せているが、あくまで守りに徹する構えにも見えた。

「アルテノット夫人はこうも言っていたぞ。 「ヴァルグレイ様と全力で戦える場を用意いたします」とな。 フハハッ……あのご婦人は人をよく見ている」
「……将軍職ともあろう者が、むざむざと甘言に乗るとは……見損なったぞ!」
「なんとでも……言えっ!」

 巨体を弾丸のように走らせ、ギルトハルトさんがヴァルさまへ迫る。
 その速さは、ヴァルさまにも引けを取らない。

「……くっ!」

 振り下ろされた重い一撃を、ヴァルさまが剣で受けた。
 鋼同士が軋み、二人の足元で床石が砕ける。

 互いの剣を押しつけ合う、熾烈な鍔迫り合い。

「どうしたゼオファルド。 貴様の力はそんなものか? それとも、こんななまくらでは物足りんか? 我は、お前と斬り結びたいのだ!」
「……貴様、やはりノクスミアの影響を。 ……ハルネっ!」
「うんっ!」

 ヴァルさまの合図。
 押し合いは双方の両手を塞ぎ、視線も互いへ釘づけとなっている。

 あたしは、あらかじめ小瓶をポケットから取り出していた。
 最後のカモミールカームをギルトハルトさんへ投げつける!

 ラストワンだ!

 小瓶の軌道はギルトハルトさんへ直撃コース。
 よし、当たる!

「ぬうんっ!」

 しかし、ギルトハルトさんはヴァルさまを力任せに押し返すと、飛んできた小瓶を剣の腹であっさりと弾き飛ばす。

 小瓶は離れた柱へと叩きつけられ、パリンという音とともに砕け散った。

「あぁ~……」
「フハハハッ……なかなかやるではないか、ハルネ嬢!」
「……ハルネの薬の効果は貴様も知っているはずだろう。 それを拒んでまで……私との立ち合いを望むのか」

 嗤っていたギルトハルトさんの表情が、ふと真顔へと戻る。

「ああそうだ。 今なら夫人に責任を押し付けられる。 今なら霧のせいだと言える」

 握りしめた拳が、ギリリと軋む音が、こっちまで届いた。

「愚か者だと罵るがいい! ……だが、この機を逃すことだけは耐えられぬ!」

――渇望の赤銅色が、濃さを増す。


「我と戦えっ! ゼオファルドっ!!」


 踏み込んだ足が、大理石の床を割る。
 繰り出された横薙ぎの一閃を、ヴァルさまは間一髪で躱した。

 そのまま、ヴァルさまは後ろへと距離を取る。

「どうした? 怖気づくか?」
「……やってられん、考え直せ。 もう一度言う。 こんな事をしている場合ではなかろう!」

 ヴァルさまはまともに戦う気は無いみたい。
 それはそう。 状況が状況だ。

「クソ真面目なお前の事だ。 平時であっても、我とは全力で戦う事はせんと思っていた」
「……貴様の言う通りだ。 無駄な戦いは御免だ」
「そうだろうな。 だが、こういう趣向なら、どうだ?」

 ヴァルさまを睨みつけていたギルトハルトさんの視線が横に逸れた。
 逸れた視線の先にあるのは……


「……へっ?」


――あたし?


「ハッハッハ~~ッ!!」
「ひくっ!!」

 嗤いながらこちらに向かって突進してきたギルトハルトさん。
 狙いが自分へと向いたのを理解した時には、もう遅かった。

「くうっ……! 貴様、ハルネを!!」

 すんでの所でヴァルさまが割り込み、ギルトハルトさんの突進を止めてくれた。

「やはりな。 どうだ? 守る者が出来た貴様なら……戦わざるを得まい!」
「……ギルトハルト、死にたいようだな。 ハルネに手を出す者は……」

 ヴァルさまがギルトハルトさんの巨体を押し返す。

「絶対に許さんッ!!」
「いいぞゼオファルドッ! その怒りを……我にぶつけろぉ!!」

 さっきまで防戦一方だったのがウソかのような、ヴァルさまの攻撃。
 でも、何太刀も叩き込まれているのに、ギルトハルトさんの笑みは消えない。

 むしろ、まだまだ足りないとでも言いたげだった。

 二人の剣が交わるたび、柱を削り、床石を砕き、階段の手すりを容赦なく吹き飛ばす。
 どこか人間離れした戦いへと変貌していった。


 ギルトハルトさん……あんなに気さくで優しい人だったのに。
 一体どうして?

 そんなに戦いたかったの?
 今じゃないとダメなの!?

 う~~、ど、どうしよう。

 ヴァルさまを助ける?
 でも、あの打ち合いに入っていける気がしない。

 リセリーナさんを追う?
 でも、あたしみたいなぽっちゃり乙女が一人で行ったところでさ。
 せめて、もう少し香房武器があれば……

 それとも、調査局の人を待つ?
 でも、まだまだ霧は晴れそうにない。
 いつ来るのかも分からない。

 あ~~~っ!?
 ど、どうしたらいいんだよぅ!

 ……っ、ダメだ!
 考えこんじゃダメだ。 行動するんだ。


 あたしは…………う~~…………リセリーナさんを止める!


「な、なんとかなる!」

 自分を鼓舞してみたが、ひどく頼りなかった。

――「何があっても、私の傍を離れるな」
 ふと、ヴァルさまの声が脳内を木霊した。

 ごめん……ヴァルさま。

「見つけたぞっ!」
「リセリーナ様に逆らう輩は、女でも容赦はせんっ!」

 あたしは、あのすさまじい戦いに巻き込まれないように、後ろに下がっていた。
 そうやってもたもた考えている間に、二人の衛兵に見つかってしまった。

 正面に陣取られ、階段を登る事も出来なくなる。

「や、やんのかっ!?」

 ドレスのポケットに手を入れて身構える。

 思わず強がってみたものの、心の中は混乱と迷いでガチャガチャだった。

 衛兵は二人。
 手持ちの香房武器を使い切れば、なんとかなりそうではある。

 ……でも、その後は?

 香房武器も無くなって。
 カモミールカームも尽きちゃって。
 頼みのヴァルさまは、ギルトハルトさんを抑えている。

 弱気が、また顔を出し始めた。

「大人しくしろっ!」
「っ! てりゃっ!」

 襲ってきた衛兵の一人に、反射的にペッパーボムを叩きつけた。

「ぐわぁ! なんだこれは……目が……!」
「よしっ!」
「もらった!」

 しまった! やっぱりもう一人までは見ていられない!

 あたしの隙を見逃さず、飛び掛かってきていたもう一人の衛兵。

 ……やられる! と思った瞬間。


――ゴイィンッ!という音が、目の前で響いた。


「あ、がっ……」
「……えっ?」

 ドサっと衛兵が倒れる音と共に、棒状の何かを持った正体不明の人影が現れた。
 霧の向こうから、その姿が露わになる。

 ありえない……

 長い燭台らしきものを握った彼女は、絶対にここにいるはずのない人物だった。

 メイド姿で、一つ結びの金髪。
 もう何年も見慣れた、そばかす美人の彼女は……

「リ、リゼラちゃ……」
「あぶないハルネっ! うしろっ!」
「……あっ!」

 呆気に取られていたあたしは、ペッパーボムから復活してきた衛兵に気付かなかった。

 ダメだ、間に合わない!

 覚悟して身を縮めた、その時。


――ガラガラガラッ、ガイィンッ!


「ごふっ!!」

 霧を裂いて突っ込んできた、給仕用のワゴン。
 真横から、衛兵の腰をかっさらった。

 茫然としているあたしの鼻先を、ふわりと覚えのある匂いがかすめる。
 ワゴンの上に積まれた大きな布袋から、ガラスの触れ合う音がシャラシャラと鳴った。

 ワゴンの取っ手を握りしめ、肩で息をしていたのは、メイド姿の女の子。

 明るい茶髪で、毛先に揺れる若草色。
 体型はまるで違うのに、どこかあたしと似た顔立ちの……


「お姉ちゃんっ! 大丈夫っ!?」

「シャリエナ……」


 窮地のあたしを助けてくれたのは……

――無二の親友と、かけがえのない妹、だった。