先輩、好きになってください

第二話 朝から、ずるい

翌朝。

日向はいつもより少しだけ早く学校に着いた。

特に理由はない。

……はずだった。

「眠……」

欠伸をしながら下駄箱へ向かう。

上履きに履き替えようとした、そのとき。

「……あ」

後ろから声が聞こえた。

振り返る。

そこにいたのは――

「松宮くんだ」

昨日の先輩。

齋藤綾花だった。

「おはよ」

綾花が笑う。

「……おはようございます」

一瞬、日向の動きが止まる。

昨日会ったばかりなのに。

自分から話しかけようと思っていたのに。

まさか向こうから声をかけてくるなんて思っていなかった。

「昨日ぶりだね」

「そうですね」

「朝早いね?」

「先輩こそ」

「私はいつもこのくらいだよ」

綾花はそう言いながら、靴を履き替える。

日向はその横顔を見ながら、ふっと笑った。

「先輩」

「ん?」

「朝から会えるとか、今日ついてるかも」

「何それ笑」

「だって昨日も会えたし」

「昨日は私が圭のところに行っただけでしょ?」

「それでも会えたじゃないですか」

「ふふ、そうだね」

綾花は楽しそうに笑う。

日向は少しだけ距離を縮めた。

「先輩、今日も可愛いですね」

「朝からそれ言う?笑」

「本当のことなんで」

「はいはい」

「またそれ?」

「だって松宮くん、ほんと口が上手なんだもん」

「先輩には本気ですって」

「はいはい、本気ね」

「……信じてないでしょ」

「うん、まだね笑」

「じゃあ、信じてもらえるまで言います」

「頑張って〜」

綾花は軽く手を振る。

「じゃあ、またね。松宮くん」

「はい。また」

綾花が廊下を歩いていく。

日向はその背中を見ながら、しばらく動かなかった。

「……朝からずる」

小さく呟いて、ようやく教室へ向かう。

教室に入ると、すでに圭が席に座っていた。

「お、日向。おはよ」

「おはよ」

「なんか今日、機嫌よくね?」

「別に」

「いや、顔に出てるけど」

「……朝、綾花先輩に会った」

「は?」

圭が目を丸くする。

「下駄箱で」

「マジ?」

「うん」

「何話したの?」

「普通に。『おはよ』って」

「それだけ?」

「あと、可愛いって言った」

「お前ほんと懲りないな笑」

「だって可愛いんだから仕方ないじゃん」

「はいはい」

「それ、昨日からみんなに言われてんだけど」

圭は笑いながら、

「まあ、頑張れよ」

と言った。

日向は席に座りながら、さっきの綾花の笑顔を思い出す。

――『あ、松宮くんだ。おはよ』

たったそれだけ。

たったそれだけなのに。

今日は朝から、ずっと機嫌がいい。

そんな自分が、少し悔しかった。