好きでいっぱい

デートの翌日。
図書館の窓から見える空は、薄い灰色をしていた。

「また降るのかな……」

昨日の帰り道の雨を思い出す。
傘の下で寄り添った距離。
胸の奥が静かに温かくなる。



仕事を終えて外へ出ると、ぽつり、と雨粒が落ちた。

「……やっぱり」

折りたたみ傘を開こうとした瞬間、スマートフォンが震えた。

『雨宮さん、今どこですか?』

悠真さんからだった。

『図書館を出たところです』

送ると、すぐに返事が来た。

『迎えに行きます』

胸が跳ねる。

『大丈夫です、傘あります』

そう返したのに、

『行きたいので』

その一言で、もう何も言えなくなった。



数分後。
カフェ・ルーチェの白い軽ワゴンがゆっくりと停まった。

運転席から降りてきた悠真さんは、傘を広げながら駆け寄ってくる。
肩に雨粒が落ちて、少し濡れていた。

「迎えに来ました」

「……ありがとうございます」

昨日より少しだけ近い笑顔だった。

「車、すぐそこなので。少し歩きましょう」

「はい」

二人で傘に入る。
雨は強くなり、傘の布を叩く音が静かに響く。



歩いていると、突然雨がさらに強くなった。

「わ、すごい……」

「ちょっと雨宿りしましょう」

近くの古い商店の軒先に入る。
屋根の下でも雨音は大きく響いていた。

「濡れてませんか?」

悠真さんが私の肩にそっと触れる。
その仕草に、心臓が跳ねる。

「だ、大丈夫です……」

「よかった」

雨宿りの時間は、なぜかゆっくり流れる。

「雨宮さん」

「はい?」

「昨日のデート、すごく楽しかったです」

胸がじんわりと熱くなる。

「……私も楽しかったです」

「また行きたいですね」

「はい」

雨音の中で交わす言葉は、いつもより少しだけ甘かった。

「……また、手をつないでもいいですか?」

昨日より少しだけ照れた声。

私は小さく頷いた。

そっと重ねられた手は、雨の冷たさを忘れさせるほど温かかった。



雨が少し弱まった頃、悠真さんが言った。

「車、すぐそこです。送りますね」

「……お願いします」

軒先を出て、数十メートル歩くと軽ワゴンが見えてきた。
車内に入ると、雨音が静かに響いていた。

「雨宮さん」

「はい?」

「雨の日、好きになってきました」

「え……」

「雨宮さんと一緒にいると、雨が優しく感じるので」

胸がぎゅっとなる。

「……私もです」

言葉にすると、胸がまた静かに満たされる。



軽ワゴンは静かにアパートの駐車スペースへ入った。

二人で階段を上がる。
隣同士の部屋の前で立ち止まる。

「送ってくれて……ありがとうございました」

「いえ。雨宮さんが濡れないようにしたかったので」

雨音が遠くで響いている。
別れ際が少しだけ名残惜しい。

「じゃあ……また明日」

「……はい」

昨日より近い距離で交わす「また明日」。
その言葉が、雨の夜を優しく照らしていた。



部屋に戻ると、レシピノートを開いた。

新しいページに、そっと書く。

『雨宿りの時間が、どうしてこんなに幸せだったんだろう。
桐生さんの手が、雨よりずっと温かかった。』

ページがまた一つ増える。
二人の時間が、また一つ増える。

雨の日は、今日も静かに恋を進めてくれた。