好きでいっぱい

翌日。
図書館の窓を叩く雨音は、いつもより少し強かった。

「今日も降るんだ……」

小さく呟く。
雨の日は、嬉しいことが起きる時もあれば、
胸がざわつく時もある。

昨日の嫉妬のことを思い出す。
思い出すだけで、顔が熱くなる。

「……恥ずかしい」

でも、あのあと悠真さんが言ってくれた言葉。
“僕も嫉妬しますよ”
その優しさが、胸の奥に静かに残っていた。



仕事を終えて外へ出ると、雨は本降りになっていた。
傘を差しても、足元が濡れるほどの強さ。

カフェへ向かう道を歩く。
雨の中でも、カフェ・ルーチェの明かりは温かく見えた。

扉を開けると、コーヒーの香りがふわりと広がる。

「いらっしゃい」

悠真さんが、少し濡れた髪で笑った。

「雨、すごいですね」

「はい……」

「来てくれて嬉しいです」

その言葉だけで、胸が少し軽くなる。



窓際の席に座ると、雨音が静かに響いた。
外は灰色なのに、店内は不思議と明るい。

「雨宮さん」

「はい?」

「昨日のこと、気にしてませんからね」

胸が跳ねた。

「……昨日のこと?」

「嫉妬したって言ってくれたこと」

顔が熱くなる。

「忘れてください……」

「忘れませんよ」

悠真さんは、少し照れたように笑った。

「嬉しかったので」

その言葉が、雨音より静かに胸に響いた。



ラテを飲みながら、私は少しだけ勇気を出した。

「……桐生さん」

「はい」

「私、恋人になるのが初めてで……」

言いながら、視線が落ちる。

「どうしたらいいのか、まだよく分からなくて……」

「うん」

「嬉しいのに、時々不安になって……」

言葉が途切れる。
でも、もう止められなかった。

「桐生さんが誰かに優しくしてると、
また離れてしまうんじゃないかって……」

雨音が少し強くなる。
胸の奥がきゅっとなる。

悠真さんは、すぐに答えなかった。
ただ静かに、私の言葉を受け止めていた。

やがて、ゆっくり口を開く。

「雨宮さん」

「……はい」

「僕は、離れませんよ」

その一言は、雨の中でもはっきり聞こえた。

「雨宮さんが不安になるなら、何度でも言います」

「……」

「僕は、雨宮さんが好きです」

胸が熱くなる。
昨日より、もっと強く。

「雨宮さんが初めてでも、ゆっくりでいいです」

「……はい」

「僕も初めてみたいなものなので」

その冗談めいた言葉に、少し笑ってしまった。

雨音が静かに弱くなる。
心の中の不安も、少しずつ弱くなる。



閉店後。
外はまだ雨だった。

「送りますね」

「……お願いします」

二人で傘に入る。
昨日より近い距離。
肩が触れそうで触れない。

「雨宮さん」

「はい?」

「不安になったら、ちゃんと言ってくださいね」

「……はい」

「僕も言いますから」

その言葉が、雨の夜を優しく照らしていた。



部屋に戻ると、雨音が少しだけ心地よく聞こえた。

レシピノートを開く。
新しいページに、そっと書く。

『雨の日の言葉は、どうしてこんなに優しいんだろう。
桐生さんの声で、不安が全部消えていきました。』

ページがまた一つ増える。
二人の時間が、また一つ増える。

雨の日は、今日も静かに優しかった。