好きでいっぱい

カフェ・ルーチェの扉を開けると、夕方の柔らかな光が店内を照らしていた。

「いらっしゃい」

悠真さんが、いつものように笑う。
その笑顔を見るだけで、胸が少し温かくなる。

「今日も来てくれて嬉しいです」

「……来たくなったので」

言葉にすると照れくさい。
でも、恋人になってからはその照れくささすら少しだけ心地よかった。



窓際の席に座ると、店内はいつもより少し賑やかだった。
常連の女性客が二人、カウンターで楽しそうに話している。

「店長さん、今日も優しいですね〜」

「ほんと。あの笑顔、癒される〜」

軽い冗談のような声。
けれど私は、なぜか胸がざわついた。

悠真さんは、いつものように丁寧に対応しているだけ。
それは分かっているのに、心が落ち着かない。

「雨宮さん、ラテ持ってきますね」

「……はい」

返事はできたけれど、声が少しだけ小さくなった。



ラテを飲みながら、私は自分の気持ちに戸惑っていた。

嫉妬なんて、したことがない。
そもそも恋人ができたのも初めてで、
こんな気持ちになるなんて思ってもいなかった。

「……変だな」

小さく呟く。

嫌な気持ちではない。
でも胸の奥が少しだけ苦しい。

その時だった。

「雨宮さん」

顔を上げると、悠真さんが心配そうに覗き込んでいた。

「今日、なんか元気ないですね」

「え……」

「ラテ、あまり飲んでないですし」

見られていた。
気づかれていた。

「いえ、そんな……」

否定しようとしたけれど、言葉がうまく出てこない。

悠真さんは少しだけ席の隣にしゃがんだ。

「何かありました?」

優しい声。
責めるような言い方じゃない。
だから余計に胸が苦しくなる。

「……その……」

言いかけて、言葉が止まる。

嫉妬なんて、言えるはずがない。
そんなことを言ったら、重いと思われるかもしれない。

でも。

「さっき……」

「うん」

「女性のお客さんと話してるのを見て……」

言葉が途切れる。
でも、もう止められなかった。

「なんか……胸が苦しくなって……」

言い終えた瞬間、顔が熱くなる。

恥ずかしい。
でも、嘘じゃない。

悠真さんは驚いたように目を丸くした。
それから、ゆっくり笑った。

「……それ、嫉妬ですね」

「ち、違……」

「違わないですよ」

優しく言われて、私はますます顔が熱くなる。

「でも、嬉しいです」

「え……?」

「雨宮さんが、僕のことをそんなふうに思ってくれてるのが」

胸が跳ねた。

「僕は、誰にでも優しいわけじゃないですよ」

「……」

「雨宮さんには、特別に優しいんです」

その言葉は、静かに、でも確かに胸の奥に届いた。



閉店後。
雨は降っていなかったけれど、空気は少し湿っていた。

「送りますね」

「……はい」

二人で歩く帰り道。
手をつなぐと、さっきの不安が少しずつ溶けていく。

「雨宮さん」

「はい?」

「嫉妬してくれて、嬉しかったです」

「……もう言わないでください」

照れながら言うと、悠真さんは静かに笑った。

「じゃあ、僕も言いますね」

「え?」

「僕も嫉妬しますよ」

「……え?」

「雨宮さんが誰かと楽しそうに話してたら、きっと僕も胸がざわつきます」

その言葉に、歩く速度が少しだけ止まりそうになる。

「だから、お互い様です」

「……はい」

胸がまた静かに満たされる。



部屋に戻ると、レシピノートを開いた。

新しいページに、そっと書く。

『初めて嫉妬しました。
でも桐生さんの言葉で、全部安心に変わりました。』

ページがまた一つ増える。
二人の時間が、また一つ増える。

恋人になって初めての嫉妬は、
思っていたよりずっと甘いものだった。