好きでいっぱい

恋人になって数日が経った。

けれど、生活が劇的に変わるわけではない。
図書館へ行き、仕事をして、帰る。
その途中でカフェ・ルーチェに寄る。

ただ、その“寄る理由”が少しだけ変わった。

会いたいから。
話したいから。
昨日の続きが知りたいから。

そんな気持ちが、静かに胸の奥で膨らんでいた。



夕方。
カフェの扉を開けると、コーヒーの香りがふわりと広がった。

「いらっしゃい」

悠真さんが、いつものように笑う。
その笑顔を見るだけで、胸が少し温かくなる。

「今日も来てくれて嬉しいです」

「……来たくなったので」

言葉にすると照れくさい。
でも嘘じゃなかった。

「座っててください。新しいラテ、試作したんです」

「新しいラテ……?」

「恋人になった記念に、ちょっと甘めです」

心臓が跳ねた。

恋人になった記念。
その言葉だけで、胸がじんわりと熱くなる。



窓際の席に座ると、雨がぽつりと落ちた。
今日も降るらしい。

「雨宮さん、甘いの苦手って言ってましたけど……」

「はい」

「でも、恋人になった記念なら飲んでくれるかなって」

悠真さんは照れたように笑った。

その笑顔が、昨日より少しだけ近く感じた。

「……飲みます」

そう答えると、悠真さんは嬉しそうに頷いた。

ラテが運ばれてくる。
ふわふわの泡に、ハートのラテアートが描かれていた。

「……これ」

「記念なので」

胸がまた跳ねる。

「可愛いです」

「よかった」

ラテをひと口飲む。
思ったより甘い。
でも嫌じゃなかった。

むしろ、少しだけ嬉しい甘さだった。



「雨宮さん」

「はい?」

「恋人になって、何か変わりました?」

突然の質問に、少し戸惑う。

「変わった……というか……」

言葉を探す。
でもうまく出てこない。

「まだ慣れてなくて……」

正直に言うと、悠真さんは優しく笑った。

「慣れなくていいですよ」

「え……」

「ゆっくりでいいです。急がなくていいです」

その言葉が、胸に静かに染みていく。

「雨宮さんのペースでいいんです」

「……はい」

昨日より、少しだけ涙が出そうになった。

嬉しくて。
安心して。
怖くなくなって。

恋人らしさって、こういうことなのかもしれない。



帰り道。
雨は本降りになっていた。

「送りますね」

「……お願いします」

二人で傘に入る。
昨日より近い距離。
肩が触れそうで触れない。

「雨宮さん」

「はい?」

「今日のラテ、また作りますね」

「……はい」

「記念じゃなくても、飲んでほしいので」

その言葉に、胸がまた静かに満たされる。

アパートが見えてくる。
別れ際が近づくほど、少しだけ寂しくなる。

「また明日も来ていいですか?」

自分でも驚くほど自然に言葉が出た。

悠真さんは、雨の中で静かに笑った。

「もちろんです」

その笑顔が、雨の夜を優しく照らしていた。



部屋に戻ると、ラテの甘さがまだ少し残っていた。

レシピノートを開く。
新しいページに、そっと書き足す。

『恋人らしさって、まだよく分からないけれど
桐生さんとなら、ゆっくり分かっていけそうです。』

ページがまた一つ増える。
二人の時間が、また一つ増える。

雨の夜は、今日も静かに優しかった。