好きでいっぱい

朝、窓を開けると、
昨夜の雨はすっかり上がっていた。

濡れたアスファルトが陽に照らされて、
ところどころ光っている。

「……雨、上がったんだ」

雨の日が続いていたから、
その光景が少しだけ特別に見えた。

今日は会う約束をしていない。
でも、ふとした瞬間に思う。

「こういう朝を……桐生さんと一緒に迎えられたらいいな」

“会いたい”よりも少し先の気持ち。
昨日の未来の話が胸の奥に残っているからかもしれない。

部屋の静けさが、
いつもより広く感じた。

「……会いたいな」

約束していないのに会いたい。
でも今日は、
“会いたい理由”がはっきりしていた。

未来の話の続きを、
ちゃんとしたかった。

◇

夕方。
カフェ・ルーチェの扉を開けると、
コーヒーの香りがふわりと広がった。

「いらっしゃい」

桐生さんが、いつものように柔らかく笑った。

「雨宮さん、今日……来てくれる気がしてました」

胸が跳ねる。

「……どうしてですか?」

「なんとなくです。
昨日の話の続きがしたくなるかなって」

その言葉だけで胸が温かくなる。

「少しだけ……歩きませんか?」

「……はい」

◇

外に出ると、
雨上がりの空気が少しひんやりしていた。

傘はいらない。
ふたりで並んで歩くと、
アスファルトの水たまりが夕陽を映していた。

「雨宮さん」

「はい」

「昨日の未来の話……
もう少しだけ具体的にしてもいいですか?」

胸がぎゅっとなる。

「……具体的に?」

「はい。
急ぎじゃなくていいんですけど……
一緒に住むなら、どんな部屋がいいかなって」

雨上がりの風が、
ふたりの間を静かに通り抜けていく。

「キッチンは広いほうがいいですよね。
ふたりで料理するなら」

「……はい」

「テーブルは……
雨宮さんが好きな木の色がいいですよね」

胸が熱くなる。

「桐生さん……」

「あと、
雨宮さんが落ち着ける場所がちゃんとある部屋がいいです。
無理しないでいられる場所」

言葉がゆっくり紡がれていく。

「急がなくていいので……
いつか、一緒に見に行きませんか?
部屋を」

胸の奥が静かに満たされていく。

「……はい」

その言葉は、
雨上がりの空気の中でもはっきりしていた。

◇

アパートの階段を上がる。
隣同士の部屋の前で立ち止まる。

「雨宮さん」

「はい」

「ゆっくりでいいので……
これからも隣で進んでいきましょうね」

「……はい」

昨日より少しだけ深い「また明日」。
その言葉が、雨上がりの夜を優しく照らしていた。

◇

部屋に戻ると、レシピノートを開いた。
今日は、桐生さんの書き込みが先にあった。

◆レシピノート(新しい一冊・最後のページ)

桐生悠真
『雨宮さんと未来の話をする時間が、
思っていたよりずっと温かかったです。
急がなくていいので、
ゆっくり一緒に進んでいきたいです。
いつか同じ部屋で、
同じキッチンに立てたら嬉しいです。』

雨宮陽菜
『未来の話をするのは少し怖いけれど、
桐生さんとならゆっくり進める気がします。
いつか一緒に部屋を見に行く未来を、
少しだけ楽しみにしています。
ゆっくり、隣で進みたいです。』



ページが静かに閉じた。
ふたりの言葉が並んだまま、
新しい一冊がゆっくり未来へ続いていく。

雨の日は、
そして雨上がりの日も、
ふたりの恋を静かに進めてくれた。