好きでいっぱい

朝から空は薄い雲に覆われていた。
雨は降りそうで降らない。
そんな曖昧な天気が、胸の奥の気持ちみたいだった。

昨日、レシピノートの最後のページが埋まった。
ふたりの言葉が並んで、一冊が静かに終わった。

「……新しいノート、どうしよう」

小さく呟く。
嬉しい気持ちと、少しだけ緊張する気持ちが混ざっていた。



夕方。
カフェ・ルーチェの扉を開けると、
コーヒーの香りがふわりと広がった。

「いらっしゃい」

悠真さんが、昨日より少し柔らかい笑顔で迎えてくれた。

「雨宮さん」

「はい」

「新しいノート、選びました」

胸が跳ねた。

「……もう?」

「はい。昨日のうちに」

照れたように笑う。
その笑顔が、昨日より近く感じた。

悠真さんはカウンターの下から、
淡いクリーム色のノートを取り出した。

「これ、どうですか?」

表紙はシンプルで、
角の丸い優しいデザインだった。

「……可愛いです」

「雨宮さんに似合うと思って」

胸がじんわりと温かくなる。



窓際の席に座ると、
新しいノートがそっと置かれた。

「最初のページ、どうします?」

悠真さんが尋ねる。

「……桐生さんから書いてください」

「いいんですか?」

「はい。最初の言葉は……桐生さんがいいです」

悠真さんは少し驚いたように、
それから静かに笑った。

「じゃあ、書きますね」

ペンを取り、
ゆっくりと言葉を綴り始めた。

雨が降っていないのに、
胸の奥だけが静かに濡れていくような感覚だった。



閉店後。
軽ワゴンの中で、ふたり並んで座る。

「書けました」

悠真さんがノートを差し出す。
私はゆっくりページを開いた。

◆レシピノート(新しい一冊・1ページ目)

桐生悠真
『新しいノートを雨宮さんと一緒に開けることが嬉しいです。
これからも、ゆっくり進んでいきたいです。
雨の日も、晴れの日も、
雨宮さんと過ごす時間を大切にしたいです。
このノートにも、ふたりの時間を積み重ねていきましょう。』


胸がぎゅっとなる。
昨日の最後のページとは違う、
“始まりの温度”がそこにあった。

「……書きます」

私はペンを持ち、
ゆっくり言葉を綴った。

雨宮陽菜
『新しいノートを桐生さんと開けることが嬉しいです。
ゆっくり進むことが、もう怖くなくなってきました。
桐生さんとなら、
雨の日も晴れの日も、
全部大切な時間になる気がします。
これからも、隣で書いていきたいです。』



ページが埋まった瞬間、
ふたりの言葉が並んで、
新しい一冊が静かに始まった。



隣同士の部屋の前で立ち止まる。

「雨宮さん」

「はい」

「新しいノート……これからも一緒に書きましょうね」

「……はい」

昨日より少しだけ深い「また明日」。
その言葉が、曖昧な夜を優しく照らしていた。