好きでいっぱい

朝から雨が降っていた。
窓を叩く雨音は強くも弱くもなく、
ただ静かに、一定のリズムで世界を濡らしていた。

「……今日で、このノートも最後のページか」

レシピノートを開くと、
残りはあと一枚だけだった。

ふたりで書き続けてきた交換日記。
雨の日も、晴れの日も、
不安な日も、嬉しい日も、
全部このノートに積み重なっている。

胸の奥が静かに温かくなる。



夕方。
カフェ・ルーチェの扉を開けると、
雨の匂いとコーヒーの香りが混ざり合って、
どこか懐かしい空気が広がっていた。

「いらっしゃい」

悠真さんが、雨の日特有の柔らかい笑顔で迎えてくれた。

「雨宮さん、今日……ノート持ってます?」

「はい」

「最後のページ、書きましょうか」

胸が跳ねた。

「……はい」



窓際の席に座ると、
雨粒がガラスを伝ってゆっくり流れていく。

「雨宮さん」

「はい?」

「このノート、すごく大事なんです」

「……私もです」

「雨宮さんと過ごした時間が全部ここにあって……
読み返すと、どの日も大切で……」

言葉がゆっくり紡がれていく。

「最後のページは、ふたりで書きたいです」

胸がぎゅっとなる。

「……はい」



閉店後。
雨は少し弱くなっていた。

軽ワゴンの中で、ふたり並んで座る。
雨音が静かに響いていた。

「じゃあ……書きましょうか」

悠真さんがノートを開く。
最後のページが、静かにふたりを待っていた。

「先に書いてもいいですか?」

「……はい」

悠真さんはペンを取り、
ゆっくりと言葉を綴った。



◆レシピノート(交換日記)
最後のページ

桐生悠真
『雨の日も、晴れの日も、
不安な日も、嬉しい日も、
全部、雨宮さんと一緒に過ごせてよかったです。
このノートが終わっても、
ふたりの時間は続いていきます。
ゆっくりでいいので、
これからも隣にいてください。』

悠真さんはペンを置き、
静かにノートを私へ差し出した。

「雨宮さんの言葉も、ここに」

胸が熱くなる。

私はペンを持ち、
ゆっくりと言葉を綴った。

雨宮陽菜*
『このノートに書いた日々は、
全部、桐生さんと過ごした大切な時間です。
不安な日もあったけれど、
桐生さんの言葉で、少しずつ前に進めました。
このノートが終わっても、
ふたりの時間が続いていくことが嬉しいです。
ゆっくり、隣を歩きたいです。』



最後のページが埋まった。

ふたりの言葉が並んで、
静かに一冊が終わった。



隣同士の部屋の前で立ち止まる。

「雨宮さん」

「はい?」

「このノート……次の一冊も、一緒に書きませんか?」

胸が跳ねる。

「……はい」

「ゆっくりでいいので」

「ゆっくり書きます」

悠真さんは静かに笑った。

「じゃあ……また明日」

「……はい」

雨の夜は、今日も静かに恋を進めてくれた。