好きでいっぱい

六月の雨が明けた翌朝は、少し眩しいくらいに晴れていた。

窓を開けると、昨夜の雨の名残がまだ街に残っている。
濡れたアスファルトが光を反射して、きらきらと揺れていた。

「……今日、会うんだ」

小さく呟く。

恋人になった。
その事実を思い出すたび、胸が温かくなる。
でも同時に、少しだけ怖くもなる。

嬉しいのに、怖い。
幸せなのに、戸惑う。

そんな気持ちを抱えたまま、私は図書館へ向かった。



仕事を終えて外へ出ると、夕方の空は柔らかい色をしていた。
雨は降っていない。
それなのに私は、鞄の中の折りたたみ傘をそっと確かめてしまう。

「……念のため」

自分でも笑ってしまう。

駅前の通りを歩く。
カフェ・ルーチェの看板が見えてくる。
胸が少しだけ高鳴る。

扉を開けると、コーヒーの香りがふわりと広がった。

「いらっしゃい」

カウンターの向こうで悠真さんが笑った。
その笑顔を見ただけで、昨日の告白が胸の奥で静かに蘇る。

「来てくれて嬉しいです」

「……来たかったので」

言葉にすると、少し照れくさくなる。

悠真さんは、いつものように窓際の席を指さした。

「座っててください。アイスコーヒー、作りますね」

「はい」

恋人になっても、彼の優しさは変わらない。
むしろ、少しだけ柔らかくなった気がする。



グラスの氷が静かに揺れる。
その音を聞きながら、私は窓の外を眺めた。

雨上がりの街は、どこか新しい世界みたいだった。
昨日までのすれ違いが嘘みたいに、全部洗い流されている気がした。

「雨宮さん」

「はい?」

「今日、少しだけ散歩しませんか?」

心臓が跳ねた。

「散歩……ですか?」

「はい。雨も上がったし、夕方の街って綺麗ですよ」

その言葉に、胸がじんわりと温かくなる。

恋人になったからこそ、こうして誘ってくれる。
その事実が、嬉しくて、少し怖くて、でもやっぱり嬉しい。

「……行きたいです」

そう答えると、悠真さんは安心したように笑った。



店を出ると、風が少し冷たかった。
でもその冷たさより、隣を歩く温かさの方がずっと強かった。

「雨宮さん」

「はい?」

「手……つないでもいいですか?」

昨日と同じ言葉。
でも昨日より少しだけ照れた声。

私は小さく頷いた。

そっと重ねられた手は、思っていたより温かかった。

歩きながら、胸の奥が静かに満たされていく。

雨上がりの街は、光でいっぱいだった。
そして私の心も、同じくらい“好きでいっぱい”になっていた。