第1話:コートの隅の臆病者
「ひゃっ……!? す、すみません、足を踏んじゃいました……!」
東中学校体育館。ボールを拾おうとしてチームメイトと激突し、派手にすってんころりと転んだ少女がいた。
東中女子バレー部、井田未央(いだみお)。
部員たちからは「みおみお」と呼ばれ、愛されている2年生だ。
みおみおは、普段は声も小さく、ちょっとした物音にもビクビクしてしまう極度の緊張しい。
試合の雰囲気にのまれ、ベンチの隅でタオルを握りしめて縮こまっているのが彼女のいつもの定位置だった。
「もー、みおみお、また転んでるよ。怪我はない?」
「う、うん……大丈夫……」
先輩たちが優しく声をかけてくれるが、みおみおは申し訳なさそうに頭をペコペコと下げるばかり。
(私、本当に運動神経も鈍いし、レシーブも下手くそだし……なんでバレー部に入っちゃったんだろ……)
チームのレギュラーとしてコートに立つ先輩たちはみんなかっこよくて、自分はいつもお荷物だと思い込んでいた。
しかし、そんなみおみおの姿を、体育館の二階からじっと見つめる影があった。
卒業したはずの元絶対的セッター・相田環奈だ。
環奈は腕を組みながら、フッと不敵な笑みを浮かべていた。
(あの子は気づいてないのよ。自分に眠る、とんでもない「怪物」のことにね)
第2話:絶望のスコアボード
数ヶ月後、ついに県大会の準決勝が始まった。
相手は、大会三連覇を誇る絶対王者・光陽中学校。
平均身長、技術、パワー、そのすべてが東中を大きく上回る超強豪だ。
「――ピィーッ! インアウト、光陽中のポイント!」
試合は予想通りの展開だった。
光陽中の圧倒的な攻撃の前に東中は防戦一方。
第1セットをあっさり奪われ、迎えた第2セットも、中盤まで5対20という絶望的な大差をつけられていた。
「タイムアウト、東中!」
ベンチに戻ってきた部員たちは、誰もがうなだれ、肩を落としていた。
点差はあまりにも遠く、空気は完全に凍りついていた。
「……もう、ダメかも……」
誰かがポツリと言ったその言葉に、誰も反論できなかった。
その時、東中の監督がスッと立ち上がり、ベンチの隅でブルブルと震えていたみおみおの肩に手を置いた。
「井田、行くぞ」
えっ、とみおみおは目を丸くした。
「だ、監督……? 私、何かやらかしちゃいます……!」
「お前をピンチサーバーとして送り出す。……行ってこい、お前の『あのサーブ』を叩き込んでこい!」
チームメイトたちも、驚いたあとに一斉にみおみおの背中を叩いた。
「みおみお、思い切って打ってこい!」
「大丈夫、私たちが後ろは全部拾うから!」
「う、うぇぇ……! 無理です、絶対無理ですぅ……!」と泣きそうな顔になりながらも、みおみおは背中を押されるようにして、ついにトボトボとコートへと足を踏み出した。
第3話:覚醒のサーブ
コートの端、サーブエリア。
まわりの大観衆の視線が、一斉に小さくておどおどしたみおみおに集まった。
「あの子、誰? 交代要員?」
「もう点差が開いてるから、適当に回してきただけだろ」
観客席からそんな雑音が聞こえてくる。
みおみおは心臓が口から飛び出しそうなくらい緊張していた。
(どうしよう、ネットにすら届かなかったらどうしよう……! みんな、ごめんなさい、ごめんなさい……っ!)
その時、コートの反対側で、光陽中のエースが冷ややかな笑みを浮かべてこちらを見たのが見えた。
「なんだあの子、チビだし、泣きそうじゃん。楽勝だな」
その瞬間――。
みおみおの中で、何かが「カチッ」と音を立てて切り替わった。
ビクビクと震えていた小さな体が、スッと静まり返る。
怯えていた瞳から色が消え、底知れない冷徹な光が宿った。
ぴょん、とボールを軽く放り投げたみおみおのフォームは、先ほどまでのドジっ子ぶりが嘘のように、ピタリと美しく定まった。
(……うるさい)
心の中で呟いた瞬間、みおみおの右腕がまるで鞭のようにしなり、ボールを強烈に叩き出した。
――バァンッ!!!!
体育館の天井がびりびりと震えるような、聞いたこともない爆音が響いた。
ボールは目にも留まらぬ超スピードでネットすれすれをかすめ、光陽中のコートの隅っこ、レシーバーが一歩も動けない死角へと矢のように突き刺さる。
「……え?」
光陽中のレシーバーが、自分の足元で跳ねるボールをただ呆然と見つめた。
主審のホイッスルが、遅れてピィーッと鳴り響く。
「ノータッチ……!?」
会場中が、一瞬にして静まり返った。
第4話:止まらない嵐
「いまの、何だ……!?」
「すっげえスピード……しかも、落ち方が変だったぞ!」
どよめく観客席をよそに、みおみおはポカンと口を開け、自分の右手をまじまじと見つめていた。
(えっ……? 私、今、すごいサーブ打っちゃった……!? ひゃあぁ、どうしよう、怒られる……!?)
いつもの気弱な自分に戻りかけたその時、チームメイトたちがすごい勢いで駆け寄ってきた。
「みおみお、いまの超すごかったよ!!」
「もう一発いけ、いけるぞ!!」
先輩たちの熱い声援に、みおみおは顔を真っ赤にしながらコクリと頷いた。
再び、サーブ位置に立つ。
(……も、もう一回だけ、がんばる……!)
ボールを高く放り上げ、再びみおみおの瞳から怯えの色が消える。
――バァンッ!!
二発目のサーブは、今度は途中で不気味に無回転で揺れ、光陽中のリベロの腕を完全に弾き飛ばした。
「うわっ……! なんだこれ、取れない……!」
「――ピィーッ! エース!」
そこから、悪夢のような時間が始まった。
光陽中はたまらずタイムアウトを取ったが、全く意味がなかった。
監督がどんなに指示を出そうとも、相手チームがどれほど警戒してレシーバーを増やそうとも、みおみおの放つ「殺人サーブ」の軌道は誰にも捉えられない。
ネットすれすれを這うように走り、直前で急激に沈み込む、誰もレシーブ不可能な弾丸サーブ。
6点、7点、8点……と、東中のスコアが猛烈な勢いで積み上がっていく。
第5話:15連続の奇跡
スコアボードの数字は、ついに20対20の同点を示していた。
第2セットの後半、5対20という絶望的な点差から、みおみおが一人で15連続ポイントを叩き出したのだ。
会場の熱気は最高潮に達していた。
「おい、あの2年生、一人で試合をひっくり返したぞ……!」
「なんだあのサーブの化け物は……!」
光陽中の選手たちの顔には、恐怖の色がにじみ出ていた。
あんなおどおどした少女が、コートに立った瞬間、まるで死神のようなプレッシャーを放つ。
そのギャップに、絶対王者であるはずの彼女たちは完全に精神を追い詰められていた。
そして、スコアは24対20。東中のマッチポイント。
「みおみお、最後だ! 決めちゃえーーっ!!!」
チームメイトたちの叫び声が背中を押す。
みおみおは大きく息を吸い込み、ボールを強く握りしめた。
(私、怖くない……みんながいるから……!)
最後のトスを上げる。
彼女の全身全霊の力が込められた右腕が、ボールを捉えた。
――ドオオオンッ!!!!!
地響きのような音とともに放たれた球は、光陽中の二人のレシーバーの間を完全に貫き、相手コートの床に深いクレーターを作るように突き刺さった。
「――ピィーーーッ!!! 試合終了、勝者、東中学校!!!」
第6話:いつもの「みおみお」
「やったぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!!!」
体育館が割れんばかりの大歓声に包まれた。
東中の部員たちが一斉にコートへ飛び出し、中央にいたみおみおに飛びついた。
「みおみお、すごすぎるよ!! 勝ったんだ、私たち勝ったんだよ!!」
「ひゃうっ……!? 苦しいですぅ、みなさん、うぅ、私、怖かったよぉ……!」
胴上げされたみおみおは、さっきまでの圧倒的なオーラはどこへやら、いつもの大粒の涙をボロボロと流しながら、みんなにしがみついて号泣していた。
その様子を、観客席の通路から見守っていた環奈は、ふっと満足そうに微笑み、くるっと背中を向けた。
「まったく……あんな凄まじいサーブを打つクセに、終わったらすぐ泣き虫に戻るんだから。……でも、最高のエースとセッター、そして最強のリベロに続いて、とんでもない秘密兵器が加わったわね」
コートの中心で、涙を拭いながら満面の笑顔を浮かべるみおみおの手を、副部長と部長の梨奈(応援に駆けつけていた)が両側からしっかりと掴み上げる。
小さな気弱な少女が巻き起こした、奇跡の15連続ポイント。
東中女子バレー部の伝説は、まだまだここから大きくなっていく――!
完結です。
「ひゃっ……!? す、すみません、足を踏んじゃいました……!」
東中学校体育館。ボールを拾おうとしてチームメイトと激突し、派手にすってんころりと転んだ少女がいた。
東中女子バレー部、井田未央(いだみお)。
部員たちからは「みおみお」と呼ばれ、愛されている2年生だ。
みおみおは、普段は声も小さく、ちょっとした物音にもビクビクしてしまう極度の緊張しい。
試合の雰囲気にのまれ、ベンチの隅でタオルを握りしめて縮こまっているのが彼女のいつもの定位置だった。
「もー、みおみお、また転んでるよ。怪我はない?」
「う、うん……大丈夫……」
先輩たちが優しく声をかけてくれるが、みおみおは申し訳なさそうに頭をペコペコと下げるばかり。
(私、本当に運動神経も鈍いし、レシーブも下手くそだし……なんでバレー部に入っちゃったんだろ……)
チームのレギュラーとしてコートに立つ先輩たちはみんなかっこよくて、自分はいつもお荷物だと思い込んでいた。
しかし、そんなみおみおの姿を、体育館の二階からじっと見つめる影があった。
卒業したはずの元絶対的セッター・相田環奈だ。
環奈は腕を組みながら、フッと不敵な笑みを浮かべていた。
(あの子は気づいてないのよ。自分に眠る、とんでもない「怪物」のことにね)
第2話:絶望のスコアボード
数ヶ月後、ついに県大会の準決勝が始まった。
相手は、大会三連覇を誇る絶対王者・光陽中学校。
平均身長、技術、パワー、そのすべてが東中を大きく上回る超強豪だ。
「――ピィーッ! インアウト、光陽中のポイント!」
試合は予想通りの展開だった。
光陽中の圧倒的な攻撃の前に東中は防戦一方。
第1セットをあっさり奪われ、迎えた第2セットも、中盤まで5対20という絶望的な大差をつけられていた。
「タイムアウト、東中!」
ベンチに戻ってきた部員たちは、誰もがうなだれ、肩を落としていた。
点差はあまりにも遠く、空気は完全に凍りついていた。
「……もう、ダメかも……」
誰かがポツリと言ったその言葉に、誰も反論できなかった。
その時、東中の監督がスッと立ち上がり、ベンチの隅でブルブルと震えていたみおみおの肩に手を置いた。
「井田、行くぞ」
えっ、とみおみおは目を丸くした。
「だ、監督……? 私、何かやらかしちゃいます……!」
「お前をピンチサーバーとして送り出す。……行ってこい、お前の『あのサーブ』を叩き込んでこい!」
チームメイトたちも、驚いたあとに一斉にみおみおの背中を叩いた。
「みおみお、思い切って打ってこい!」
「大丈夫、私たちが後ろは全部拾うから!」
「う、うぇぇ……! 無理です、絶対無理ですぅ……!」と泣きそうな顔になりながらも、みおみおは背中を押されるようにして、ついにトボトボとコートへと足を踏み出した。
第3話:覚醒のサーブ
コートの端、サーブエリア。
まわりの大観衆の視線が、一斉に小さくておどおどしたみおみおに集まった。
「あの子、誰? 交代要員?」
「もう点差が開いてるから、適当に回してきただけだろ」
観客席からそんな雑音が聞こえてくる。
みおみおは心臓が口から飛び出しそうなくらい緊張していた。
(どうしよう、ネットにすら届かなかったらどうしよう……! みんな、ごめんなさい、ごめんなさい……っ!)
その時、コートの反対側で、光陽中のエースが冷ややかな笑みを浮かべてこちらを見たのが見えた。
「なんだあの子、チビだし、泣きそうじゃん。楽勝だな」
その瞬間――。
みおみおの中で、何かが「カチッ」と音を立てて切り替わった。
ビクビクと震えていた小さな体が、スッと静まり返る。
怯えていた瞳から色が消え、底知れない冷徹な光が宿った。
ぴょん、とボールを軽く放り投げたみおみおのフォームは、先ほどまでのドジっ子ぶりが嘘のように、ピタリと美しく定まった。
(……うるさい)
心の中で呟いた瞬間、みおみおの右腕がまるで鞭のようにしなり、ボールを強烈に叩き出した。
――バァンッ!!!!
体育館の天井がびりびりと震えるような、聞いたこともない爆音が響いた。
ボールは目にも留まらぬ超スピードでネットすれすれをかすめ、光陽中のコートの隅っこ、レシーバーが一歩も動けない死角へと矢のように突き刺さる。
「……え?」
光陽中のレシーバーが、自分の足元で跳ねるボールをただ呆然と見つめた。
主審のホイッスルが、遅れてピィーッと鳴り響く。
「ノータッチ……!?」
会場中が、一瞬にして静まり返った。
第4話:止まらない嵐
「いまの、何だ……!?」
「すっげえスピード……しかも、落ち方が変だったぞ!」
どよめく観客席をよそに、みおみおはポカンと口を開け、自分の右手をまじまじと見つめていた。
(えっ……? 私、今、すごいサーブ打っちゃった……!? ひゃあぁ、どうしよう、怒られる……!?)
いつもの気弱な自分に戻りかけたその時、チームメイトたちがすごい勢いで駆け寄ってきた。
「みおみお、いまの超すごかったよ!!」
「もう一発いけ、いけるぞ!!」
先輩たちの熱い声援に、みおみおは顔を真っ赤にしながらコクリと頷いた。
再び、サーブ位置に立つ。
(……も、もう一回だけ、がんばる……!)
ボールを高く放り上げ、再びみおみおの瞳から怯えの色が消える。
――バァンッ!!
二発目のサーブは、今度は途中で不気味に無回転で揺れ、光陽中のリベロの腕を完全に弾き飛ばした。
「うわっ……! なんだこれ、取れない……!」
「――ピィーッ! エース!」
そこから、悪夢のような時間が始まった。
光陽中はたまらずタイムアウトを取ったが、全く意味がなかった。
監督がどんなに指示を出そうとも、相手チームがどれほど警戒してレシーバーを増やそうとも、みおみおの放つ「殺人サーブ」の軌道は誰にも捉えられない。
ネットすれすれを這うように走り、直前で急激に沈み込む、誰もレシーブ不可能な弾丸サーブ。
6点、7点、8点……と、東中のスコアが猛烈な勢いで積み上がっていく。
第5話:15連続の奇跡
スコアボードの数字は、ついに20対20の同点を示していた。
第2セットの後半、5対20という絶望的な点差から、みおみおが一人で15連続ポイントを叩き出したのだ。
会場の熱気は最高潮に達していた。
「おい、あの2年生、一人で試合をひっくり返したぞ……!」
「なんだあのサーブの化け物は……!」
光陽中の選手たちの顔には、恐怖の色がにじみ出ていた。
あんなおどおどした少女が、コートに立った瞬間、まるで死神のようなプレッシャーを放つ。
そのギャップに、絶対王者であるはずの彼女たちは完全に精神を追い詰められていた。
そして、スコアは24対20。東中のマッチポイント。
「みおみお、最後だ! 決めちゃえーーっ!!!」
チームメイトたちの叫び声が背中を押す。
みおみおは大きく息を吸い込み、ボールを強く握りしめた。
(私、怖くない……みんながいるから……!)
最後のトスを上げる。
彼女の全身全霊の力が込められた右腕が、ボールを捉えた。
――ドオオオンッ!!!!!
地響きのような音とともに放たれた球は、光陽中の二人のレシーバーの間を完全に貫き、相手コートの床に深いクレーターを作るように突き刺さった。
「――ピィーーーッ!!! 試合終了、勝者、東中学校!!!」
第6話:いつもの「みおみお」
「やったぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!!!」
体育館が割れんばかりの大歓声に包まれた。
東中の部員たちが一斉にコートへ飛び出し、中央にいたみおみおに飛びついた。
「みおみお、すごすぎるよ!! 勝ったんだ、私たち勝ったんだよ!!」
「ひゃうっ……!? 苦しいですぅ、みなさん、うぅ、私、怖かったよぉ……!」
胴上げされたみおみおは、さっきまでの圧倒的なオーラはどこへやら、いつもの大粒の涙をボロボロと流しながら、みんなにしがみついて号泣していた。
その様子を、観客席の通路から見守っていた環奈は、ふっと満足そうに微笑み、くるっと背中を向けた。
「まったく……あんな凄まじいサーブを打つクセに、終わったらすぐ泣き虫に戻るんだから。……でも、最高のエースとセッター、そして最強のリベロに続いて、とんでもない秘密兵器が加わったわね」
コートの中心で、涙を拭いながら満面の笑顔を浮かべるみおみおの手を、副部長と部長の梨奈(応援に駆けつけていた)が両側からしっかりと掴み上げる。
小さな気弱な少女が巻き起こした、奇跡の15連続ポイント。
東中女子バレー部の伝説は、まだまだここから大きくなっていく――!
完結です。



