無口な彼の、静かな執着が甘すぎる。



「……あれ……」



ここは、どこだろう。
病院でもないし、私の家でもない。

そもそも私は、なんで意識を失っていたんだろう……?

ぼんやりする頭を無理やりフル回転させて、思い出してしまった――あの絶望的な光景。



柳さんが来てくれなかったら、何もかも終わっていた。
思い出したらどうしようもなく気持ち悪くなって、胃のあたりから酸っぱいものが込み上げてくる。

近くにあった洗面器に、誰かの許可を得る間もなく吐き出してしまった。




「……っ、落ち着け、落ち着け……っ。焦るな、私……」




吐き気がおさまったかと思えば、今度はどんどん呼吸が苦しくなっていく。涙を流しながら、浅く激しい呼吸を繰り返すことしかできなかった。



「……もう大丈夫だから。ゆっくり息吐いて。あいつはもういない」

「や、なぎ……さっ……」

「喋らなくていいから。今は自分の呼吸にだけ集中しろ」



それから、私が落ち着いて話せるようになるまでに20分もかかってしまった。




「ほんと、お前は誰かがついてないと何かしらトラブルに巻き込まれるな」

「……ごめんなさい。すぐに帰りますので」




フラフラしながらも玄関までたどり着いたのに、そこから先へ進めない。ドアを開けて外に出るのが、どうしても怖かった。

冷たい玄関の床に、へなへなと座り込むことしかできない。

寒いわけでもないのに、体の震えが止まらない。
思い出すだけでも吐き気がして、また涙があふれてくる。


明日も仕事があるのに。こんなトラウマを作っている場合じゃないのに。




「ごめん。退勤時間が同じだったんだから、一緒に帰ればよかった」




さっぱりとした香水の匂いが、後ろから優しく私を包み込んでくれた。自分が柳さんの腕の中にいるのだと理解するまでに、少し時間がかかった。


だって、あの柳さんだよ?
こんなに優しいはずがないって、思っているのに。


背中から伝わる温もりに安心したのか、涙がボロボロと止まらなくなった。




「……柳さん……」

「うん」

「私……もう、患者さんが怖いです……っ……」