冷徹営業トップは私の限界オタクでした

そして木曜日。
陽菜子が経理部へ向かっていると、今日も入り口の前に神崎がいた。
けれど、神崎の前には一人の女性社員が立っていた。

「神崎さん、今日のお昼空いてます? よかったら一緒に行きませんか?」

ランチに誘われているようだった。

「すみません。今日は昼前に取引先との予定が入っていますので。」

神崎は以前のように冷たく突き放すことなく、丁寧に断っていた。

「そっか。残念です。また今度誘ってもいいですか?」

「予定が合えば。」

女性社員は嬉しそうに笑った。
陽菜子は少し離れた場所から、その様子を眺めていた。
神崎が変わってくれたことは嬉しい。
誰に対しても冷たかった以前より、今のほうがずっといい。

――そのはずなのに。

なぜか、胸の奥に小さな引っかかりが残った。

「春宮さん!」

陽菜子を見つけた神崎が、すぐに駆け寄ってくる。

「おはようございます。今日も素敵ですね。」

「ふふっ。おはようございます。ありがとうございます。」

「すみません。今日は昼前にアポが入ってしまって、ランチをご一緒できそうにないです……。」

神崎は見るからにしょんぼりと肩を落とした。

「そんなに落ち込まなくても。お仕事なんですから。」

陽菜子が笑う。

「そうなんですが……残念です。」

神崎は鞄から小さな箱を取り出した。

「なので、これ。よかったらどうぞ。」

「え?」

受け取った箱を見る。

いつものチョコレートより、明らかに高級そうだった。

「こんなにいいもの、もらっていいんですか?」

「もちろんです。」

「神崎さん、いつもありがとうございます。じゃあ、私からも。」

陽菜子は鞄の中から、小さな袋を取り出した。

「これ、どうぞ。」

「ありがとうございます。これは……?」

「クッキーです。昨日、家で焼いたんです。」

神崎の動きが止まった。

「……手作り?」

「はい。お口に合うといいんですけど。」

「春宮さんの……手作り……。」

神崎は震える両手でクッキーを受け取った。

「ありがとうございます。一生大切にします。」

「食べてくださいね?」

「……はい」

陽菜子は思わず吹き出した。

「ふふっ。大げさですよ。」

「大げさではありません。家宝級です。」

「クッキーは腐っちゃいますから。」

「では、包装だけでも……。」

「それは好きにしてください。」

呆れながらも、陽菜子は楽しそうに笑った。