記憶の欠片

 テスト返却が終わり、クラスは久しぶりの喧騒に包まれていた。


 友達同士で点数の話をしたり、赤点を回避できた喜びを分かち合ったりしている。


 日菜は、赤点ギリギリのラインでなんとか回避できたらしく、小さく安堵の笑みを浮かべていた。


 慧や湊音くんは、余裕そうに自信満々の表情で点数を見せ合い、やっぱり彼ららしいな、と私は心の中で思う。


 私も、自分なりに頑張った結果、思ったより良い点を取れて少し胸をなでおろしていた。


 そんな中、湊音くんが私にそっと近づいてきた。


「なあ、星宮、もうすぐ花火大会があるらしいんだ」


 彼の声には自然な明るさがあって、まるでこの瞬間を私と共有したいという気持ちが伝わってくる。


「二人で行こうよ」


 彼の言葉に、私は少し戸惑う。


 少し間を置き、笑いながら「うん、行こっか」と返すと、湊音くんの顔に嬉しそうな光が宿った。


 放課後、二人で帰り道を歩きながら、花火大会の話題で盛り上がる。


 どんな屋台があるのか、浴衣を着るのか、どの場所から見るのがいいか…。


 話すうちに、私は自然と心が軽くなるのを感じた。


 授業やテストでの緊張や疲れが、少しずつ溶けていくようだった。


 そして、街の明かりが少しずつ夜の色に変わる中、二人で計画を立てながら歩く時間は、いつもより特別に感じられた。


 私は、笑いながらも心の奥で、あの日の公園で慧と一緒に見た星空を思い出していた。


 今度の花火大会は、どんな景色になるんだろう、と少し胸が高鳴る。


 二人でいるこの時間は、ただ歩いているだけでも、どこか甘くて温かい。


 花火大会の夜が近づくにつれて、私は少しずつ、楽しい思い出が積み重なっていく予感を感じていた。


 花火大会当日。


 浴衣に身を包み、慣れない下駄を鳴らしながら待ち合わせ場所へと歩く。


 足元が少し不安定で、つまずかないように気をつけながらも、胸は期待でいっぱいだった。


 夏祭りや花火大会は何度も行ったことがあるけれど、今年は特別だ。


 だって、こうして湊音くんと二人で過ごす時間だから。


 待ち合わせ場所には、すでに湊音くんが立っていた。


 普段の制服姿やラフな格好とは違い、甚平姿がとても似合っている。


 長い髪をきちんとセンター分けに整えていて、いつもより大人びて見える。


 その姿に、私は思わず息を呑む。


 周りの女の子たちもチラチラと彼を見ていて、頬を赤く染めながら小声で囁き合っているのが見える。


 だけど、私はそんなことを気にせず、少し照れながらも笑顔で声をかけた。


「湊音くん、待ってたよ」


「…浴衣似合ってるな。やっぱり夏祭りはこうでないと」


 彼の言葉に少し顔が熱くなる。


 浴衣の柄や帯の色を褒めてくれるのは嬉しいけれど、照れくさくてすぐに目をそらしてしまう。


 周囲の視線や、花火の音が遠くから聞こえてくる中、私たちは並んで歩き出す。


 夜空に広がる花火や屋台の明かり、かすかに香る焼きそばやかき氷の匂いが混ざり合い、祭りの空気を肌で感じる。


 屋台の並ぶ通りに差し掛かると、二人の目は自然ときらめく光や香ばしい匂いに吸い寄せられた。


 金魚すくいの水面に揺れる赤い金魚、型抜きやヨーヨー釣りの色鮮やかな景品が並び、夜風に乗って漂ってくる焼きそばやたこ焼きの香りに、思わずお腹が鳴りそうになる。


「ねぇ、どれから見ようか?」


 湊音くんが声をかける。


「うーん、まずはやっぱりたこ焼きかな」


 私が答えると、彼はにこっと笑う。


「じゃあ一緒に食べよう」


 湊音くんはそう言って、屋台の前に立ち止まる。


 屋台のおじさんが手際よくたこ焼きを返す音、鉄板の熱気が二人の距離をほんの少しだけ近づけた。


 次に射的や輪投げの屋台に目をやる。


 私が的を狙うと、湊音くんはそっと横でアドバイスをくれる。


 「もう少し右だよ、星宮」と声をかけられ、言われた通りに輪を投げると、見事に景品に当たる。


 小さくガッツポーズをすると、湊音くんも嬉しそうに笑った。


「あ、かき氷も食べたいな」


 私が言うと、湊音くんは笑って言った。


「俺も」


 その笑顔を見て、私の胸もほんのり温かくなる。


 屋台の光、香り、そして湊音くんの笑顔に包まれながら、二人はゆっくりと花火大会の夜を楽しんでいった。