放課後、私は橋に向かって歩いていた。
踏みしめる落ち葉の感触、冬の冷たい風、すべてがどこか懐かしい。
橋に近づくにつれて、景色が昔と重なり合う。
小川のせせらぎ、木々の配置、遠くに見える土手の角度——まるで時間が巻き戻ったようだった。
その瞬間、頭に——鋭い痛みが走った。
まるで頭の中で雷が落ちたかのように、鋭い痛みが一気に駆け抜ける。
目の奥がぎゅうっと押しつぶされるようで、痛みが全身に波紋のように広がっていく。
「……っ」
呼吸がうまくできない。
息を吸っているはずなのに、胸の奥まで空気が届かない。
身体がふらふらと揺れて、足取りもおぼつかない。
痛みで涙が滲み、頬をつたって落ちていく。
それでも必死に踏みとどまり、何とか橋の下へとたどり着く。
暗くて、ひんやりと湿った空気が肌を撫でる。
雨で湿った土や苔の匂い、冷たい水面の匂いが鼻腔に広がり、じめじめとした空気が胸に重くのしかかる。
橋の下には、一匹の猫がいた。
毛は黒く、目は丸く光り、じっとこちらを見つめている。
まるでここを守る番人のように、動かない。
私は恐る恐る近づく。
すると猫はゆっくりと立ち上がり、私の足元をすり抜けるようにして、少し離れた場所へ移動した。
そのしぐさが、何かに背中を押されるような気持ちにさせる。
深呼吸をして、痛みが少し落ち着くのを感じながら、私は静かにその場に立ち尽くした。
猫が座っていた場所に、ふと目をやる。
そこには、小さな缶の箱があった。
長い間放置されていたらしく、表面には錆がびっしりとこびりつき、あちこちが擦り切れている。
幾度も雨に打たれ、雪に覆われ、風に晒され、季節をいくつも越えてきたのだろう。
光を受けて、かすかに赤茶けた色が浮かんでいる。
私はそっと手を伸ばし、指先に力を入れる。
金属がきしむ音とともに、錆が少しずつ剥がれ落ちる。
かすかな匂い——湿った土と金属の混ざった匂いが鼻をかすめた。
固く閉ざされた蓋を、ゆっくりと開ける。
中には、二枚の手紙と、小さなキーホルダーが収まっていた。
雨水が入り込んだ形跡はない。
長い年月を過ごしたはずなのに、中にあるものは思っていたよりもずっと綺麗な状態で残されていた。
そして——。
淡い月の欠片が散りばめられた、小瓶。
その瞬間、息が止まった。
私がいつも大切にしているキーホルダーと、あまりにもよく似ていた。
手に取った瞬間、何とも言えない温もりと懐かしさが胸に押し寄せる。
どうして。
どうして、これがここにあるの?
胸の奥が、ざわざわと騒ぎ始める。
手紙の紙は色褪せ、端は少し湿っていたけれど、文字はまだはっきりと読める。
小さな瓶とともに、ここに置かれていた意味が、胸の奥にずん、と響く。
私はゆっくりと缶の中から一枚目の手紙を取り出した。
紙はかすかにしなっていて、触れるだけで微かに湿っているのが分かる。
文字がぼんやりと見える。
けれど、目を凝らすと、そこにははっきりと書かれていた。
——「慧へ」。
過去の私が、この文字を握りしめながら、想いを綴ったのだろう。
胸がぎゅっと締め付けられる。
痺れる手で手紙を持つ。
指先に力が入らず、文字が揺れて、視界もぶれる。
息が荒くなり、心臓が耳の奥で打ち鳴らすように響く。
足元がおぼつかなく、今にも倒れそうになる。
けれど、必死に意識を保つ。
どうしても、この手紙を読まなければならない。
そんな思いだけが、震える身体を支えていた。
揺れる視界の向こう、文字に集中する。
過去の私の声が、今の私の胸に届く瞬間。
私はゆっくりと、読み始めた。
——慧へ
これを慧が読んでいるってことは……
私はもう、諦めちゃったのかな。
慧には、本当にたくさん助けてもらった。
何度も、何度も。
私が怖くて立ち止まったときも、何も言わずに前に立って、守ってくれた。
だからね、ずっと不安だった。
私、迷惑ばかりかけてないかなって。
慧がそんなふうに思わないって、分かってる。
分かってるのに、それでも怖かった。
このままじゃ、私はずっと“守られるだけ”の存在でしかいられない気がして。
もう、これ以上助けてもらってばかりは嫌なの。
迷惑をかけるのは、終わりにする。
だから私、慧と会えないくらい
遠いところに行くことにした。
一人で大丈夫。
一人で、ちゃんと歩いていく。
最後まで迷惑をかけてしまって、ごめんなさい。
本当に、ごめんなさい。
——その文字を読み終えた瞬間だった。
「……っ」
心臓が、大きく跳ねた。
視界が揺れる。
知らないはずの景色が、頭の中に浮かんだ。
真夜中の小川。
雨上がりの湿り気。
そして——。
「愛梨」
誰かが、私の名前を呼んでいる。
その声を聞いた瞬間、胸の奥が強く締めつけられた。
「……慧……?」
無意識に、その名前が口からこぼれる。
次の瞬間。
頭の奥で、何かが弾けた。
忘れていたはずの記憶が、堰を切ったように押し寄せてくる。
音も。
匂いも。
温度も。
誰かの声も。
全部が一度に押し寄せてきて、視界が白く染まった。
踏みしめる落ち葉の感触、冬の冷たい風、すべてがどこか懐かしい。
橋に近づくにつれて、景色が昔と重なり合う。
小川のせせらぎ、木々の配置、遠くに見える土手の角度——まるで時間が巻き戻ったようだった。
その瞬間、頭に——鋭い痛みが走った。
まるで頭の中で雷が落ちたかのように、鋭い痛みが一気に駆け抜ける。
目の奥がぎゅうっと押しつぶされるようで、痛みが全身に波紋のように広がっていく。
「……っ」
呼吸がうまくできない。
息を吸っているはずなのに、胸の奥まで空気が届かない。
身体がふらふらと揺れて、足取りもおぼつかない。
痛みで涙が滲み、頬をつたって落ちていく。
それでも必死に踏みとどまり、何とか橋の下へとたどり着く。
暗くて、ひんやりと湿った空気が肌を撫でる。
雨で湿った土や苔の匂い、冷たい水面の匂いが鼻腔に広がり、じめじめとした空気が胸に重くのしかかる。
橋の下には、一匹の猫がいた。
毛は黒く、目は丸く光り、じっとこちらを見つめている。
まるでここを守る番人のように、動かない。
私は恐る恐る近づく。
すると猫はゆっくりと立ち上がり、私の足元をすり抜けるようにして、少し離れた場所へ移動した。
そのしぐさが、何かに背中を押されるような気持ちにさせる。
深呼吸をして、痛みが少し落ち着くのを感じながら、私は静かにその場に立ち尽くした。
猫が座っていた場所に、ふと目をやる。
そこには、小さな缶の箱があった。
長い間放置されていたらしく、表面には錆がびっしりとこびりつき、あちこちが擦り切れている。
幾度も雨に打たれ、雪に覆われ、風に晒され、季節をいくつも越えてきたのだろう。
光を受けて、かすかに赤茶けた色が浮かんでいる。
私はそっと手を伸ばし、指先に力を入れる。
金属がきしむ音とともに、錆が少しずつ剥がれ落ちる。
かすかな匂い——湿った土と金属の混ざった匂いが鼻をかすめた。
固く閉ざされた蓋を、ゆっくりと開ける。
中には、二枚の手紙と、小さなキーホルダーが収まっていた。
雨水が入り込んだ形跡はない。
長い年月を過ごしたはずなのに、中にあるものは思っていたよりもずっと綺麗な状態で残されていた。
そして——。
淡い月の欠片が散りばめられた、小瓶。
その瞬間、息が止まった。
私がいつも大切にしているキーホルダーと、あまりにもよく似ていた。
手に取った瞬間、何とも言えない温もりと懐かしさが胸に押し寄せる。
どうして。
どうして、これがここにあるの?
胸の奥が、ざわざわと騒ぎ始める。
手紙の紙は色褪せ、端は少し湿っていたけれど、文字はまだはっきりと読める。
小さな瓶とともに、ここに置かれていた意味が、胸の奥にずん、と響く。
私はゆっくりと缶の中から一枚目の手紙を取り出した。
紙はかすかにしなっていて、触れるだけで微かに湿っているのが分かる。
文字がぼんやりと見える。
けれど、目を凝らすと、そこにははっきりと書かれていた。
——「慧へ」。
過去の私が、この文字を握りしめながら、想いを綴ったのだろう。
胸がぎゅっと締め付けられる。
痺れる手で手紙を持つ。
指先に力が入らず、文字が揺れて、視界もぶれる。
息が荒くなり、心臓が耳の奥で打ち鳴らすように響く。
足元がおぼつかなく、今にも倒れそうになる。
けれど、必死に意識を保つ。
どうしても、この手紙を読まなければならない。
そんな思いだけが、震える身体を支えていた。
揺れる視界の向こう、文字に集中する。
過去の私の声が、今の私の胸に届く瞬間。
私はゆっくりと、読み始めた。
——慧へ
これを慧が読んでいるってことは……
私はもう、諦めちゃったのかな。
慧には、本当にたくさん助けてもらった。
何度も、何度も。
私が怖くて立ち止まったときも、何も言わずに前に立って、守ってくれた。
だからね、ずっと不安だった。
私、迷惑ばかりかけてないかなって。
慧がそんなふうに思わないって、分かってる。
分かってるのに、それでも怖かった。
このままじゃ、私はずっと“守られるだけ”の存在でしかいられない気がして。
もう、これ以上助けてもらってばかりは嫌なの。
迷惑をかけるのは、終わりにする。
だから私、慧と会えないくらい
遠いところに行くことにした。
一人で大丈夫。
一人で、ちゃんと歩いていく。
最後まで迷惑をかけてしまって、ごめんなさい。
本当に、ごめんなさい。
——その文字を読み終えた瞬間だった。
「……っ」
心臓が、大きく跳ねた。
視界が揺れる。
知らないはずの景色が、頭の中に浮かんだ。
真夜中の小川。
雨上がりの湿り気。
そして——。
「愛梨」
誰かが、私の名前を呼んでいる。
その声を聞いた瞬間、胸の奥が強く締めつけられた。
「……慧……?」
無意識に、その名前が口からこぼれる。
次の瞬間。
頭の奥で、何かが弾けた。
忘れていたはずの記憶が、堰を切ったように押し寄せてくる。
音も。
匂いも。
温度も。
誰かの声も。
全部が一度に押し寄せてきて、視界が白く染まった。


