記憶の欠片

湊音side

 正直、驚いた。

 星宮が、好きな人に振られたって聞いた時点でも十分だったのに、その名前が出た瞬間、頭が一瞬止まった。

 ——月城。

 
 あいつと星宮の関係を、俺が知らないわけがない。


 カウンター越しに見る日菜は、いつもより小さく見えた。


 泣いてはいなかった。


 でも、その目が全部を語っていた。


 その日のバイトが終わって、店を出た瞬間。


 俺はスマホを取り出していた。


 考えるより先に、指が動いていた。


 コール音が数回鳴って、月城が出る。


《……何?》


 少し警戒した声。


「今日さ、偶然星宮に会った」


 一瞬、沈黙。


《……で?》


「振られたって、聞いた。しかも相手がお前だって」


 電話の向こうで、月城が深く息を吸う音がした。


「なんで、断ったんだよ」


 責めるつもりはなかった。


 でも、聞かずにはいられなかった。


「お前さ……星宮のこと、好きだろ?」


《……好きだよ》


 隠すつもりはないらしい。


「じゃあ、なんで断ったんだよ」


 長い沈黙。


 風の音だけがスマホ越しに聞こえる。


 そして、やっと。


《俺は……》


 声が、少し掠れていた。


《愛梨を、幸せにできないから》


 その一言が、胸に落ちる。


「……は?」


 思わず声が漏れた。


「好きなのに?」


《好きだからだよ》


 月城の声は、静かだった。


 でも、その静けさが逆に重い。


《俺がそばにいたら、愛梨はまた……》


 言葉が途切れる。


 それ以上は、聞かなくても分かった。


「……逃げてるだけじゃねぇの」


 そう言ったのは、半分本音で、半分苛立ちだった。


《それでもいい》


 月城は、きっぱりと言った。


《嫌われる方が、まだマシだ》


 電話越しの声が、冷たくも、どこか切なくて、胸に刺さった。


 そして月城は、言葉を続ける。


《……愛梨は——————だ》


 その瞬間、俺の口が止まった。


 沈黙の重みが、耳元で重く響く。


《愛梨は、そのことを多分まだ、思い出せてない》


 淡々とした声の裏に、確かな痛みが隠れている。


 月城は、静かに続ける。


《俺は愛梨に……》


 言葉にできない何かが、月城の胸を押し潰しているのが分かる。


《拒絶されたんだ》


 ——その一言が、全てを物語っていた。


 俺は言葉を失った。


 あまりにも辛すぎる過去。


 愛梨のために、月城がずっと背負ってきた痛み。


 電話越しに聞こえる呼吸の荒さに、胸が締め付けられる。


《それでも、好きだった》


《大好きだった》


 その声は、重すぎて、空気を震わせる。


 一人で抱え込むには、あまりにも大きすぎる想いだ。


 でも月城は、その道を選んだ。


 誰にも言わず、抱えたまま。


《……今も、好きだ》


 声が震える。


 だけど、と。


 その後に続く言葉は、さらに心を締め付ける。


《伝えるのが………怖い》


 俺は、何も言えなかった。


 胸の奥で、色んな思いが絡まる。


 星宮のことを思う気持ち。


 月城の苦しみ。


 そして——自分が今ここでどうするべきか。


 電話越しの静けさの中で、俺はただ、月城の声に耳を傾けることしかできなかった。