記憶の欠片

 中学三年生の秋。


 空気が乾いて、風が冷たくなり始めた頃。


 それと同時に、教室の空気も、はっきりと変わった。


 いじめは、静かに、でも確実にヒートアップしていった。
 

 そんな中、隣の席で唯一私と普通に話してくれていた女の子——日菜。


「一緒にいると目つけられるよ」


「どっちを取るか、ちゃんと考えたほうがいいよ」


 そんな言葉が、彼女の耳に流れ込んでいたのを、私は後から知った。


 周りの子たちは、あからさまに仕向けてきた。


 私と日菜が、仲違いするように。
 

 ある日、昼休み。


 教室がざわついた。


「日菜のハンカチ、ないんだけど」


 淡い色の、いつも持ち歩いていたハンカチ。


 日菜は困った顔で、机の中や鞄を探していた。


 その数分後だった。


「……あれ?」


 誰かの声と同時に、ゴミ箱の中から、くしゃっと丸められたハンカチが見つかる。


 一瞬、時間が止まった。


「え、なんでゴミ箱?」


「汚っ……」


 そんな声が上がる中、誰かが、ぽつりと言った。


「さっき、星宮さんがこの辺にいたよね」


 心臓が、嫌な音を立てた。


「うん、見た見た」


「ゴミ箱の近くで、なんかしてた」


 ——嘘だ。


 私は何もしていない。


 そう言おうと口を開いたけれど、その前に、言葉は重ねられていく。


「もしかして、嫌がらせ?」


「仲良いふりして、実は嫌ってたとか?」


 笑いを含んだ声。


 確信に満ちた視線。


 誰も、私の顔を見ようとしなかった。


 日菜だけが、その場で固まっていた。


 私は、彼女の方を見た。


「……日菜、違う」


 震える声で、名前を呼ぶ。


 でも彼女は、一瞬だけこちらを見て、すぐに気まずそうに目を逸らした。


 否定も肯定も、しない。


 その沈黙が、何よりも私を追い詰めた。


 それからだった。


 日菜に話しかけても、返事は短くなった。


「うん」


「そうだね」


「……今、ちょっと」


 視線は合わない。


 笑顔も、ない。


 廊下ですれ違えば、まるで私が見えていないみたいに、すっと距離を取られる。


 誰かが囁く。


「やっぱ星宮さんって怖いよね」


「人の物、平気で捨てるんだ」


 事実じゃないのに。


 証拠もないのに。


 でも、一度貼られたレッテルは、剥がれなかった。


 日菜は、他の女子たちの輪の中にいて、楽しそうにしているように見えた。


 でも、時々。


 私がひとりでいると、遠くから、こちらを見る視線を感じる。


 悲しそうで、苦しそうで、それでも、近づいてこない目。


 ——きっと、怖かったんだと思う。


 私と一緒にいることで、同じように傷つくのが。


 そう理解できたのは、ずっと後のことだった。


 あの秋、私は友達を失った。


 でも同時に、誰も悪くないわけじゃないのに、誰も私を助けられなかった——そんな現実も、知ってしまったのだった。


 こうして私は、完全に、ひとりになった。


 ——それでも。


 あのときの日菜の目が、冷たくなかったことだけは、今でも、はっきり覚えている。