記憶の欠片

 そんな時だった。


 「……あれ?」


 入口に見覚えのある顔が二つ並んでいた。


 湊音くんと…。


 月城くん。


 「いらっしゃいませ」


 声をかけると、二人はこちらを見る。


 湊音くんは、いつものように少し楽しそうに笑った。


 少し恥ずかしくなりながら、注文されたジュースを運ぶ。

 その間も、胸の奥がほんの少しだけ落ち着かない。


 湊音くんは、こういう場でも自然に人の輪の中心にいる。


 誰とでもすぐに距離を縮めてしまうような、軽やかさ。


 それが少しだけ、眩しく見えた。


 すると。


 「ありがとう」


 湊音くんが受け取った直後、ふっと笑った。


 「でもさ」


 嫌な予感がした。


 「サービス、ないの?」


 「え?」


 首を傾げる。


 すると、湊音くんは楽しそうに続けた。


 「ほら、メイド喫茶って言ったら」


 「……?」


 「萌え萌えきゅん」


 「……え」


 思わず固まる。


 「いやいや、無理……!」


 「星宮ならできるって」


 「できないよ!」


 必死に否定しながらも、どこかで少しだけ安心している自分がいた。


 こうやって笑っていられる空気は、嫌いじゃない。


 ……でも。


 その時だった。


 「……俺には?」


 低い声が聞こえた。


 振り向く。


 月城くんが、こちらを見ていた。


 「え?」


 「俺には、ないの」


 いつもの優しい笑顔。


 でも。


 ほんの少しだけ、意地悪を含んだような目。


 その表情に、胸が小さく跳ねる。


 ――どうして今、そんなことを言うんだろう。


 湊音くんには冗談で返せたのに、月城くんにはうまく返せない。


 理由は分からないのに、喉の奥が少し詰まる。


 「はいはい」


 横から日菜が入ってきた。


 「愛梨困ってるじゃん」


 そう言って、私の代わりに笑って流してくれる。


 その日菜の声は、いつも通り明るくて、頼もしくて。


 なのに。


 月城くんの名前を呼ぶときだけ、ほんの少しだけ距離が近い気がした。


 気のせいかもしれない。


 でも、そう思った瞬間、胸の奥がちくりとした。


 「慧って、そういうの言うタイプだったっけ?」


 日菜が軽く笑いながら言う。


 その言い方が、まるで昔から知っている人に向けるものみたいで。


 私は一瞬だけ、置いていかれたような気持ちになる。


 「……別に」


 月城くんは短く答えたあと、ふいと視線を逸らした。


 それ以上は何も言わない。


 その横顔は、いつもの穏やかさに戻っていて、さっきの冗談が嘘みたいだった。


 私はそれ以上深くは聞かなかった。


 聞いていいことと、聞かない方がいいことがある気がしたから。


 ただ。


 胸の奥のざわつきは、さっきより少しだけ強くなっていた。


 湊音くんと月城くん。


 タイプは違うのに、どちらも私の知らない“何か”を持っている気がする。


 そして日菜は、そのどちらとも自然に繋がっている。


 まるで、私だけが少し外側にいるみたいで。


 笑顔を作るたびに、その距離がはっきりしていく気がした。


 ――どうしてだろう。


 楽しいはずの文化祭なのに。


 胸の奥だけが、静かにざわついていた。