「もう、うんざりだ」と言われたので、出ていきますね

 私はブツブツと呟きながら、
幅広で長い廊下を歩いていた。

周囲には人影はなく、窓から差し込む
太陽の日差しが真っ白な大理石を
サンサンと照らしている。

……眩し過ぎる。

「やっぱり私って、相当嫌われているのね。
誰も案内してくれないんだから」

眩しさに目を細め、
手元のメモをギュッと握りしめる。

このメモには、自室から夫の書斎までの
案内図が描かれていた。

あの後。
使用人たちの誰もが私を夫の元へ
案内するのを拒んだのだ。

拒絶の理由は
「奥様を案内したことで、旦那様から
逆恨みされたくないから」

「まぁ、雇用主の機嫌を損ねるわけにいかないというのは
分かるけど……私のことも
もう少し配慮してくれればいいのに」

だけど、そこまで言われてしまうとは……。
多分私は顔も見たくないほど
嫌われているのだろう。

なのに、なぜ私がわざわざ夫の元へ向かうのか。

それは、未だに自分の記憶がまったく
戻る気配がなかったからだ。

名前も年齢も。
これまでの記憶すらさっぱりと抜け落ちている。

でも今更『私、誰?』なんて聞けないし。

だから私は質問するのを一切やめて、
直接夫に会いに行くことにしたのだ。

(たとえ邪魔者扱いされたっていいわ。
どうせ元から嫌われている身だしね)

「ん?」

ふと、廊下に飾られた大きな姿見に
気付いて立ち止まる。

今の私は襟元にフリルたっぷりの
白いブラウス。
足首まで届く水色の長いスカートを
身にまとっていた。

このスカートは、
お尻の部分に何重ものフリルが重ねられている。
裾に向かっては細身のシルエットになるという
ちょっと変わったデザインで
妙に目を引く代物だった。

「ふふ。まるでどこかの貴婦人にでも
なったみたい。我ながらよく似合ってるじゃない」

鏡に映る姿が到底自分だとは思えなかったけれど、
とりあえずクルリと一回転してみる。

うん、やっぱり素敵なデザインだ。

ちなみに、私がこの服を選んだのには
ちゃんと理由がある。
他のドレスは一人で着替える自信が
なかったからだ。

「まさか、着替えまで拒否されるとは
思わなかったけどさ……」

鏡の前に両手をついて、
少し前の出来事を思い出してみる――


****

いまを遡ること、一時間程前――

『ねぇ、誰か着替えを手伝ってくれる?』

メイドたちにそう頼んだ途端、
全員から鼻であしらわれてしまった。

ふくよかなメイド――確か名前はハンナだったかな?
彼女は意地悪そうに言い放った。

『奥様の世話を焼きたがるメイドは、
一人もいないのですよ。理由は胸に手を当てれば
よく分かることでしょうけどね』

そう言って、
使用人たちは去って行ってしまった――


****

「まぁ、自力で着替えられたからいいけどね。
さて。夫なる人物は私を見て、
いったいどんな反応をするのかな?」

気を取り直すと、ヒールをカツカツと鳴らしながら
夫の書斎を目指して歩き出した。

慣れない靴に足元をふらつかせながら――