「もう、うんざりだ」と言われたので、出ていきますね

「は?」

出会って早々、
「とんでもなくご迷惑な方」などと
言われるなんて……
私、いったい何をしたの?

とりあえず正確な状況を確認するために、
質問しようと口を開きかけたのだが。

「まったく。
いくら旦那様に相手にされないからって、
気を引くためだけに……」

赤毛のメイドの言葉に、
私のセリフはあっさりとかき消されてしまった。

(旦那様……それは、夫という意味合いなのかな?)

「服毒自殺を図るなんて、本当に救いがたいお方だ」

今度はスーツ姿の男性使用人が、大きな溜息をつく。

(え? 服毒自殺? 私が?)

「そもそも押しかけ妻のくせにねえ」

目つきの悪そうなメイドが、
冷ややかな視線を向けてくる。

(ええ!?  私、押しかけ妻だったの?)

その後も彼らは、
私に対して言いたい放題を浴びせてくる。

いつも我儘ばかり言っているだとか、
仕事で忙しい旦那様にまとわりつこうとする等々……。

散々な言われようだったが、
おかげで彼らの話の端々から
自分の置かれた状況が徐々に見えてきた。

(なるほど。つまりこの人たちはここの使用人で、
私は皆から嫌われている厄介者、と)

だが、当事者であるはずなのに
どうにも実感がわかない。

ぼかんとした顔で話を聞いていると、
恰幅の良いメイドさんが眉をひそめた。

「あら、何ですかそのお顔は?
まるで他人事のような表情ではありませんか」

あ! やばい、バレた!

「い、いえ。それほどでも」

笑ってごまかしてしまえ。

「何を笑っているのですか? それほどでも、
ではありません!  随分とお元気そうですし
奥様の御両親にも電報を打っておきましたからね」

「え? 私の両親?」

どんな人たちなのだろう?
もしかしたら、会えば何か記憶の糸口が
見つかるかもしれない。

「それで、両親は……」

口を開きかけたとき。

「奥様、もしや御両親が心配して
駆けつけてくれるとでもお思いですか?」

おかっぱ頭のメイドが意地悪そうな
笑みを浮かべた。

「え?」

それはどういう意味だろう?

「問題ばかり起こしている奥様は、
とっくに実家から見捨てられているのですよ?
厄介者を押し付けられた侯爵様が
気の毒でなりませんわ」

ふくよかなメイドは身体をぶるぶる震わせる。

さっきから、あまりの言われようだけど……。

(なるほど。私は両親の計らいで
夫と結婚できたけれど、
実家からは見捨てられているわけね。
それに、夫が「侯爵」という身分であることも
分かった。
これは中々の有力情報かも!)

「おや? 今度は何がおかしいのです?
随分と嬉しそうにしているじゃありませんか」

ふくよかメイドは、
ますますしかめ面になっていくけれど――
私には、さっきから一番気になって
仕方のない疑問があった。

――服毒未遂を図った妻が
息を吹き返したというのに、
肝心の夫は何処にいるのだろう?

(妻がそんな大騒ぎを起こしたら、
普通駆けつけてくるものじゃないの?)

「あの~、ところで私の夫は今、
どこにいるの?
もしかして、お仕事で出掛けているのかしら?」

どうせ私に横柄な態度で接してくる連中。
こちらも少し言葉を崩してしまおう。

「おやぁ? 奥様……。
本気でそんなことを聞いているのですか?」

突然、男性使用人が呆れたように口を挟んできた。

「本気だけど?」

「旦那様なら、毎日この屋敷の書斎で
仕事をされていらっしゃいますが?」

「え……?」

その言葉に固まった。

(夫はこの屋敷の中にいるのに、
私のもとに駆けつけてこなかったということ?
……なるほど。
つまり、私は夫からも完全に嫌われているのね)

一人で納得し、うんうんと頷く。

「何なんだ、さっきから……」

「なんだか様子がおかしいわね……」

「気味が悪いな……」

さすがに私の態度を奇異に感じ始めたのか、
使用人たちがざわめき始めた。

――うん、もうこれ以上、
彼らの愚痴の相手をするのも
馬鹿らしくなってきたな。

「あの!」

私が大きな声を張り上げると、
その場が一瞬で水を打ったように静まり返った。

……よし、これでようやく話ができる。

「ところで私の夫は今、
どちらの部屋にいらっしゃるのかしら?
当然教えてもらえるわよね?」

私は満面の笑みで使用人たちを見渡した――