「もう、うんざりだ」と言われたので、出ていきますね

 厨房の場所は屋敷内の地図を書いておいたので把握している。

「え~と、確か一階の東棟だったわね……」

私の部屋は四階。

はっきり言って厨房まで行くのは、かったるかった。
途中で使用人に出会えば朝食……というかお弁当の用意を頼めばいいだろう。

「……ん? お弁当?」

無意識で出てきた「お弁当」という単語に首を捻る。

お弁当って何だっけ?

「まぁいいか」

とにかく、その「お弁当」とやらを用意してもらうように交渉しないと。

ところどころオイルランプが灯された廊下をぺたぺた歩いていると、明かりが漏れている部屋が見えてきた。

近づいてみると徐々に賑やかな声が聞こえてくる。

どうやら人が集まっているようだ。

扉の前に来ると、隙間からそっと中を覗いてみる。

中には十人前後のメイドたちが集まって、テーブルに向かって楽しげに話をしている。

もしかするとこの部屋はメイドの詰め所だろうか?

ノックをしようかと考えながら、今日一日の出来事を振り返ってみる。

大勢で押しかけ、寝間着姿の私の前で男性使用人も集まり、言いたい放題言われたこと。

誰も食事を用意せず、両親が来て初めてお茶とお菓子を運んできたこと。

(でも結局母にほとんど食べられてしまったけれどね)

その後も夕食までずっと放置状態だったこと……。

「うん、ノックする必要はないね」

私は力強くドアノブを掴んだ。

そのまま勢いよく開き放つと、大きな声で呼びかけた。

「ちょっといいかしら!?」

「え!?」

「奥様!?」

メイドたちが一斉に驚いた様子で振り返る。

そこには、ふくよかメイド長のハンナもいた。

「奥様、一体こんな時間に何の用なのです?  もう私たちは本日の仕事は終了。用件なら夜勤の使用人たちに命じて下さいな」

ハンナがイヤそうな表情を浮かべて腰に両手を当てて言い放つ。

うーん……。
やっぱり私、そうとう使用人たちに嫌われてるなぁ。

仮にも侯爵夫人に対して言う言葉だろうか?

でも記憶が全くないせいか、どんな失礼な態度を取られても他人事のようにしか感じない。

「あら、何ですか? さっきから黙って人の顔を見て」

あからさまに不快そうな表情を見せるハンナ。

「あ、気にしないで。ちょっと物思いにふけってただけだから。それより頼みがあるのだけど、明日五時にここを出発するから携帯できる食事を用意してくれる?」

「え? 食事? まぁ何を言ってらっしゃるのでしょう! この奥様は! ホホホホ!」

わざとらしく高笑いするハンナ。
背後にいるメイドたちもクスクスと笑っている。

うん、完全に馬鹿にされているね。

「冗談じゃありませんよ、奥様。ここを出ていくということは旦那様と離婚される、ということですよね?」

笑い終えたハンナが質問してきた。

「うん、そういうことになるわね」

「だったら私たちが、もうお世話する必要ありませんよね?」

「でも離婚するのは明日よね? まだ私は侯爵夫人でしょう? 明日の朝食の話をしてるだけなんだけど?」

「ま、まぁ! 何て屁理屈を述べるのでしょう!」

ハンナの眉が吊り上がる。

「そういうことだからよろしくね。それじゃ」

背を向けて部屋を出て行こうとしたとき。
これ見よがしにメイドたちの会話が聞こえてきた。

「まったく……本当にいつも我儘ばかり言いますよね、カプシーナ様は」

え? 今、何て言った?

「本当、これだからカプシーナ様は旦那様に愛想をつかされたんですよ」

「何しろカプシーナ様は押しかけ妻ですから」

(私って、カプシーナって名前だったのね!?)

「ありがとう、あなたたち」

クルリと振り返ってお礼を述べると、メイドたちの顔に怪訝な表情が浮かぶ。

「それじゃ、明日よろしくね」

笑顔で手を振ると、唖然とするメイドたちに背を向けその場を後にした。

出発前に自分の名前が分かってよかった――!