「もう、うんざりだ」と言われたので、出ていきますね

「は~い、開いてるからどうぞ~」

もうソファから立つ気力もないので扉に向けて大きく返事をする。

――カチャ

扉が開かれ、意外な人物が部屋に入って来た。

「……失礼いたします。奥様」

「あれ? あなたは、さっきダイニングルームにいた……?」

ソファから立ち上がり、その人物に近づいてみる。

「はい、私はこの屋敷の執事です」

「え!? あなたが執事!?」

巨漢の持ち主だったから、てっきり用心棒かと思っていた。

あ、それも兼ねているのかも。

「旦那様からの伝言です。明日、五時に屋敷の前に荷馬車を用意しておくので自由に使ってよいとのことです」

「それって返さなくて良いってこと? 私の物にしていいの?」

ここだけは聞いておかないと。

「……は? え、ええ。もちろんでございます」

なるほど、餞別というわけね。

「それで御者は?」

「え?」

目をぱちぱちさせる執事。

「だ・か・ら、御者だってば。言っておくけど、私馬車を動かすことなんて出来ないから。あ、ついでに方向音痴だし」

「……」

執事が視線をそらせて黙り込む。
まさか……。

「ねぇ。ひょっとして荷馬車だけ用意して、勝手に去れってこと? 無理だから! とにかく、夫に御者を用意するように言って。持参金沢山渡してあるのだから、それくらい、いいでしょう?」

「お、奥様。落ち着いてください!」

執事に詰め寄り……ふと気づく。
彼の右手には、大きな布袋が握りしめられている。

「……それは何?」

布袋を指さした。

「あ、これは旦那様が奥様に用意したお金です。『お前に最後の情けをかけてやろう。 ありがたく受け取るがよい』と……そのように仰っておりました」

心なしか、執事の口調が微妙に芝居がかっている気がする。

まさか、あの夫が私の想像通りの態度を取るような人物だったとは。

「どうぞ、奥様」

スッと金貨袋を差し出された。

「あ、どうも」

受け取るとズシッと重たい。

「へ~中々たくさん入っているようね。うん、このお金があれば、なんとかなる気がしてきたわ」

「……え? 何とかなるって……?」

「ううん、こっちのこと。それじゃ、明日五時に迎えに来てね屋敷の執事なら当然よね?」

「う! わ、分かりました……それでは明日五時にお迎えに上がります。要件は以上です。それでは失礼いたします」

執事は会釈すると部屋を出て行った。

――パタン

扉が閉じられると、早速袋の中身を確認することにした。

「フフフ……いくら入ってるかな~」

布袋を開けると、金貨がぎっしり入っていた。

「すごい! これならきっとうまくいくはずだわ!」

これだけ金貨が入っていれば、御者を雇えるかもしれない。

もしくは馬車の操り方を教えてもらうだけでもいい。

文字を読むことが出来たのだから、馬車を操ることが出来る……かもしれない。

「ま、なんとかなるでしょ。でもそれにしても明日五時に出発か……」

私の頭の中は、既に明日の朝食のことで頭が一杯だった。

「厨房に行って頼んでこようかな。え~と金貨は……よし、これに入れよう」

旅行鞄の一つに突っ込むと、部屋を出て厨房を目指した。

まさか、この行動が自分の名前を知るきっかけになるとは思いもせずに――