「もう、うんざりだ」と言われたので、出ていきますね

 その後――

父は一方的に言いたい放題言うと、「金輪際二度と騒ぎを起こすな」と言い放って帰って行った。

――バタン

扉が閉じられたところで、ようやく私は息を吐いた。

「はぁ~……疲れた……それにしても、よくもまぁあんなに言いたい放題言うなんrて」

時計をチラリと見ると、驚くべきことに二時間あまりが経過していた。

「十六時半か……。こっちが口を挟む余裕もなかったわ」

母親は結局私を一度も叱責することなく、無言でお茶を飲んだり、お茶菓子を食べたり……。
トレーの上は殆ど空になっていた。

「あ~あ……残ったお菓子は、これだけかぁ……せめてサンドイッチ位残してくれれば良かったのに」

僅かに残ったクッキーに手を伸ばして口に運ぶ。

私も本当は一緒に食べたかった。
けれど、トレーに手を伸ばす度に「話を聞いているのか!」と父の叱責が飛んでくるので、お預けになってしまったのだ。

「はぁ……疲れた。こっちは三日ぶりに目が覚めたらしいのだから、加減してくれればいいのに」

でも、お茶が残っているだけましか。

カップに残りの紅茶を注ぎ入れ、すっかり生ぬるくなったお茶を一口飲んだ時……。

「あ!!」

私はとんでもないことに気付いてしまった。

「どうしよう……結局自分の名前を聞くことが出来なかった!」

せっかく両親が来たのだから、自分の名前を聞くチャンスだと思っていたのに。

両親は私のことを一度も名前で呼ばず、「おい」「お前」「あなた」呼ばわりだった。

「……でも、ま。いいか。両親からも嫌われているし、どうせ私はここを出て行くんだから」

私は残りのお茶を飲み干した――



****

――十八時半。

「ふぅ……こんなものかな?」

床にずらりと並べられた旅行鞄を見渡す。

「一、二、三……全部で八個か。どうやってこれを持ち運べばいいかなぁ?」

これらの鞄には、当面私が生きていくために必要不可欠な物ばかり入っている。

金目になりそうなアクセサリー。
一人で着れそうな衣類に歩きやすそうな靴、
日差し避けの帽子に化粧品等々。

「どれか一つくらい減らすことが出来ればいいけど…ううん、駄目駄目! 全部持っていくんだから!」

ブンブン首を振っていると、コンコンとノックの音が響いた。

「ハイハイ、どちら様~」

ガチャリと扉を開けると、能面のように無表情なメイドが一人立っていた。

「えぇと……」

首を傾げると、メイドは口を開いた。

「奥様、旦那様がお呼びです。一緒に夕食をということで、ダイニングルームでお待ちになっています」

「え!? 食事!? 行く、行きます! さぁ! 今すぐ案内して!」

私が喜んでいるのが気に入らないのか、メイドはますます不機嫌そうになる。

「……とりあえず、伝えましたから。では失礼いたします」

クルリと背を向けるメイド。

うそっ!? どこへ行くの!?

「ちょっと待って!」

グイッとメイドの襟首をつかむ。

「グエッ」

メイドがカエルのような声を漏らした。

「あ、ご、ごめんなさい」

慌ててパッと手を放すと、メイドは真っ赤な顔で抗議してくる。

「な、何てことするのですか! 死ぬかと思いましたよ!」

「アハハハ……ごめん、ごめん。ダイニングルームの場所が知りたくて」

「何を今さら、そんなことを言うのです? とっくにご存知ですよね。私は忙しいのですから、ふざけないでください」

再び去って行こうとするメイド。

わー! 困るってば!

「待ってってば! 私、記憶喪失になってて、本当にどこにあるか知らないんだってば!」

ついに私は自分が記憶喪失だということを自白した――