恋を知らないきみへ

しばしの沈黙。

それがなにを意味するのか、私にはさっぱり分からなかった。

「とりあえず、打ち合わせをいつ入れるか決めようよ」

いたって真面目に提案したのに、木ノ下くんはなにかを考え込むみたいに腕を組んで目を伏せている。


「……今日、このあと何件回るの?」

「あ、今日は外回りはないよ」

「じゃなくて、午後からどのくらいの仕事量ってこと?」

質問に答えるために、返却してもらったタブレットでもう一度予定を確認した。

「えっと……、まず、電話二件。展示場のお客様にメール返して、資料も一件。それから見積もりも作るから……」

「……何時に帰れるの?それ」

「だから打ち合わせは“明日にしてもいい?”って言ったの」

「明日でもいいけど、明日も予定パンパンじゃん」


それを言われてしまうと、なにも言い返せなくなってしまう。

彼が言う通り、向こう一週間はほとんど予定が入っている上に、打ち合わせ時間を設定してしまうと、たぶんもう身動きが取れなくなる。


「俺が小関さんに合わせる」


思いもしなかった言葉をかけられて、びっくりして顔を上げた。

木ノ下くんは特別なことを言っている雰囲気も出さず、むしろ「最初からこうすればよかったな」とブツブツなにか言っている。

「要するに隙間時間を使う。外回りのない日の昼休み前後とか、夕方とか、電話終わってからとか。小関さんの空いてる時間でやる」

「い、いやちょっと待って」

まだ混乱している頭で遮って、話を進めようとしている彼に詰め寄る。

「そんなことできるの?」

「できる。俺は会社の中で完結する仕事をやってるだけだから」

「そっちだって忙しいでしょ?抱えてる数も多いよね?」

「締切とかはあるけど、基本デスクワークだし」

「でも……それじゃだめ」

流されそうになっているのが分かり、私は首を横に振る。

「木ノ下くんの仕事、止めることになっちゃう」

「そこは大丈夫。止まらない」

気持ちがいいほどの即答だった。

「ブランドコンセプトも俺たちの仕事だから」


私は言葉に詰まってしまって、視線だけを彼に向ける。
木ノ下くんは、私の戸惑いには構わず当然のように続けた。

「これで行こう。来週、本会議だし」

その一言で終わってしまった。


私は予想もしていなかった彼の"合わせる"というその言葉が、思っていたよりも自分の中で引っかかった。

助けるでもなく、無理するでもなく。
ただ当たり前みたいに、"合わせる"と言った。

昨日までの木ノ下くんなら、こんなこと言わなかった気がする。

……私のスケジュールを見たから?

それとも。
営業の仕事を、少しだけ分かってくれたからなんだろうか。


「……分かった」

そう返事をしたものの。

何が"分かった"のかは、自分でもまだよく分からなかった。