恋を知らないきみへ

取り残された私と彼は、しばしの沈黙。


……なに話そう。
話題を探して、さっき渡された資料を意味もなく広げる。

「えーっと、……木ノ下くん」

「……なに」

木ノ下くんはもう一切資料は見ていない。
足を組んで、腕も組んで、ちょっとめんどくさそうに視線もよこさない。


───人間関係に、苦労したことがなかったはずなのに。
なんだか、息苦しい。


「ひとまず、若年層がターゲットってことだから……営業側は顧客や展示会に来てくれた人に聞いてみようかと思うんだけど、マーケはどうする?」

仕事は仕事だから、と柔らかく話しかけてみるも、彼は一向に私のことは見ない。

興味ない───というより、これは……。

うっすら感じつつある彼の感情を読み取る前に、木ノ下くんが先に遮る。

「こっちは数字を見るよ。市場調査する」

「……うん、じゃあ少しまとまってきたら社内チャット入れる」

「分かった」


うなずいた彼がやっと横目で私を見た。

切れ長の一重の目が、髪の毛の間から少し見える。
その温度は低いままだった。


「俺、たぶんきみのこと、嫌いだと思う」


───え?

つっけんどんな言葉と態度に、私は聞き返すのも忘れてただ彼の顔を見つめることしかできなかった。

聞き間違いなわけがない。
たしかに、“嫌い”というワードが出てきた。


「小関ほのかさん、社内じゃわりと有名だから俺は知ってるよ。でも俺はきみと仲良くなれる気がしない」

「なに、急に……」

「そういう人とは合わないから。仕事だからちゃんとやるけど、それだけ」

木ノ下くんはそれ以上説明する気はないらしかった。

「だから、なんなの」

「そのままの意味だよ。じゃ、本件は各々持ち帰りで」


彼は私が唖然としている間に立ち上がり、さっさと小会議室をあとにしてしまった。


……いま、私なにを言われたの?

単なる同期というだけの、他部署の男に。
“嫌いだと思う”なんて。
そんなの、言われるなんて思ってもみなかった。

人生で初めて、誰かに「嫌い」だと言われた。


順風満帆な人間関係を築いてきたはずなのに。

この日にそれは、一瞬で崩れ去った。




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