恋を知らないきみへ

勢いよく頭を下げる。

「は、初めまして!わ、わ、私……」

仕事ではするすると滑らかに出てくる自己紹介が、なぜか今日は全然出てこない。

緊張で舌がもつれる。
初めての感覚。


「母さん、こちらが小関ほのかさん。同じ会社の人」

ものすごく自然に、彼にしてはあまりにも普通に、木ノ下くんがさらりと紹介してくれた。

びっくりして顔を上げて彼を見ていると、

「ほのかさんね!初めまして〜、丞の母です」

と女性がにこりと柔らかく微笑む。


お母さんは私には微笑んだのに、隣に立つ息子に視線を移した瞬間、豹変した。

「あのねえ、だめでしょ!彼女を“同じ会社の人”って紹介する男なんて!ただでさえ緊張させてるっていうのに!」

「……はいはい」

木ノ下くんは慣れた様子でスニーカーを脱ぐと、まだ玄関で固まっている私を手招きする。

「小関さん、気にせず上がっていいよ」

「ほのかさん!スリッパ!これ履いて!うちで一番綺麗なの準備しておいたから!」

すかさず木ノ下くんを押しのけて、お母さんがお花の刺繍が施された可愛らしいスリッパを出してくれた。

その素早さにふっと吹き出してしまう。

「……ありがとうございます。お邪魔します」


そっとスリッパに足を入れると、どこか出汁のような匂いと、柔軟剤の優しい香りが混ざった廊下を進んだ。