恋を知らないきみへ

木ノ下くんの実家は都心からは外れた郊外にあって、それでいてけっこう大きかった。

外観から伝わってくるのは、どこか懐かしくて明るい雰囲気。
『木ノ下』という木製の表札が玄関に見える。


「ちょっと待ってね、いったん深呼吸するから」

玄関のドアに手をかけた木ノ下くんの腕を掴んで、まだ行かないでと首を振る。

「大丈夫だって。ほんとに普通の家だから」

「呼吸っ、呼吸させて!」

「しゃべってるんだから息できてんじゃん」


玄関前で小競り合いをしているうちに、先に玄関のドアが開く音がした。


木ノ下くんの腕は私が止めていたから──お母様!?

ハッと青ざめてその腕にしがみつくと、中から出てきたのは、小さな男の子だった。


「あっ!たすくー!たすくだぁ!」

五歳くらいの男の子は思いっきり木ノ下くんを指さして、そして我先にと呆気に取られている私の手から彼の腕を奪ってぶら下がる。

「かくれんぼしよー!」

「ちょっ……まだ来たばっかだよ!」

木ノ下くんはそう言って、無造作にドアを押さえてその男の子を押し込んだ。

男の子は見たことのない私をチラチラ見ながら、乱雑に靴を脱ぎ捨てて「おばあちゃーん!」と叫びながら中に入っていった。


「木ノ下くん!ちゃんと紹介してよ、最初が肝心なんだから!」

「いててててて、痛っ!」

繋いでいた手に無意識に力がこもっていたらしく、木ノ下くんが玄関で痛がる。


何足か靴が並んだ玄関で待っていると、奥から五十代くらいの女性が出てきた。
私の姿を見つけるなり、笑顔に変わる。

「あら!あららららら!」

……絶対、木ノ下くんのお母さんだ。
紛うことなき、お母さん。どことなく目元が似ている気がする。