恋を知らないきみへ

やがて彼がふっとほどけるように笑った。

「……面白いね。同じ会社なのに、見てる時間が違う」

私は思わず立ち止まりそうになった。

そんな考え方をしたことは、一度もなかった。


「……そっか。私は“今”を見てて、木ノ下くんはその先を見てる。……でも」

私も彼も自然と笑っていた。

「目指してるところは同じなんだね」

「いい家を届けたいってこと?」

木ノ下くんは少しだけ笑って、静かにうなずいた。

「……そうだね」


その横顔を見ているだけで、胸が温かくなる。
この人は、こういう話をしている時が一番好きだ。一番いい顔をしているから。

木ノ下くんのコーヒーを飲む横顔を見つめながら、

「私ね、木ノ下くんの仕事の話、好き」

と言ってみる。

彼は少しだけ戸惑ったように眉を上げた。

「なんで?普通はもっと違う話するでしょ」

そんなことを言われるなんて思ってもみなかったんだろう。そんな反応だった。

私は笑って首を振る。

「でも、仕事の話をしてる木ノ下くんが、一番木ノ下くんなんだもん」


木ノ下くんは何も言わなかった。
ただ、照れ隠しみたいに前を向いて歩き続ける。

しばらくしてから、小さく聞こえた。

「……営業って、そういうことまで言うの?」

「そんなわけないでしょ。本音だよ」


また沈黙が落ちる。返事はない。

……言いすぎちゃったかな。
ただでさえ、気持ちがだだ漏れなのに引いてしまったかも。

そう思い始めた頃だった。


「……俺も」

あまりにも小さな声で、聞き返してしまう。

「え?」

木ノ下くんは前を向いたまま、少しだけ照れくさそうに続けた。

「小関さんの仕事の話、聞くの好きだよ」


その一言だけで十分だった。
私はもう、その日の疲れなんて全部忘れてしまっていた。


とっくに角を曲がったことに気づいて、自分から木ノ下くんの手を取る。

木ノ下くんはそれを、振りほどく気配はなかった。



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