恋を知らないきみへ

駅へ向かう道を、二人で並んで歩く。
仕事を終えたあとの街は、昼間より少しだけ静かだった。

カフェオレを片手に歩いていると、不意に木ノ下くんが口を開く。

「そういえば今日、お客さんどうだった?」

私は隣を見上げた。

「午後の商談?」

「うん」

今日の出来事を思い返しながら、小さく息をつく。

「土地はすごく気に入ってくれたんだけどね。ご主人が『子ども部屋はまだいらないかな』って」

「子どもいるんだよね?」

「二歳の男の子」

「じゃあ、そのうち絶対いる」

あまりにも迷いのない言い方に、思わず笑ってしまう。

「そうなんだけど、“今”はいらないんだって」

カフェオレをひと口飲んでから、私はすっかり暗くなった空を見上げた。

「営業って何年やっても難しい。十年後の暮らしを想像してもらわなきゃいけないから」


まだ建ってもいない家。
まだ始まってもいない暮らし。

それを、お客様と一緒に思い描くのが私たちの仕事だ。


少し間を置いて、木ノ下くんが静かに口を開く。

「……企画も似てる」

「そうなの?」

「今欲しいものを作っても、発売する頃には欲しいものじゃなくなってることがある」

その言葉に、新ブランドを作っていた頃のことが浮かんだ。

「そっか。木ノ下くんたちは一年とか二年前から考えるんだもんね」

「だから未来を外すと売れない」


私は思わず感心してしまう。

「営業と真逆なんだね。こっちは今、その人が何を考えてるかを当てないと契約にならないから」

木ノ下くんが少しだけ目を細める。

二人の間に、心地いい沈黙が流れた。