恋を知らないきみへ

歯ブラシをくわえたまま、不服そうではあるもののちゃんと軽く抱きしめてくれた。

───やばい、幸せ。


「……ありがとう。今日一日頑張れそう」

「俺、一生慣れないと思う。小関さんのこういう感じ」

「私もこんなこと言ったの初めてだよ?」


もう木ノ下くんは全然私の方を見てくれなかった。
その代わり照れているのか、目を逸らしてそのまま洗面所へ口をゆすぎに行ってしまった。


……朝から可愛いな。

そんなことを思いながら着替えようとしたら、洗面所から出てきた木ノ下くんに止められた。


「……あのさ、俺はべつに昨日と同じ服でいいの。どうせ誰も見てないから。──でも小関さんはだめだと思う」

「え?なんで?」

「絶対に気づくやついるから。誰か仲のいい人に服借りられない?連絡して聞いてみてよ」

「いや、私の服も誰も気にしないと思うけど……」

「だめ。いいから連絡して。誰かいるでしょ、仲のいい同期とか後輩とか」


自分はシワになったワイシャツを着ておいて、なにを言ってるんだろう。

腑に落ちないながらも、とりあえず桃果に連絡を入れる。


メッセージを打とうとして、文面を考える。
……これ、『服を貸して』なんて送ったら全部バレてしまうのでは?

一瞬迷ったものの、まあいいかと桃果にそのまま送る。


『服を貸してほしいから、出勤する時に一式持ってきてくれない?スタバおごる』

既読は秒でついて、返信も早かった。

『事情あり?』

『あり』

『ちゃんと説明してくれる?』

『する』


次の瞬間、凛々しい顔のキャラクターが“了解!”とオッケーしてくれているスタンプが返ってきた。

……とりあえず、服は確保。


「木ノ下くん、大丈夫そうだよ」

と声をかけると、「ならよかった」と笑うのだった。



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