恋を知らないきみへ

睡眠というよりは、仮眠をとったくらいの感覚しか寝ていない。

朝、先に起きたのは木ノ下くんだった。


「小関さん、小関さん!早く起きないと、諸々間に合わない!」

肩を揺すられて、やっと目が覚める。

「……いま、何時?」

口から出たのは、自分でも無意識に出た弱々しい声。
眠気の方が勝っていて、まだ寝ていたい気持ちのまま寝返りをうつ。

「六時半」

「──なんだ、じゃあまだ余裕……」

言いかけて、ここでようやくちゃんと目が覚めた。

勢いよく飛び起きると、木ノ下くんはすでに着替えを終え、歯磨きをしていた。

彼のワイシャツはちょっとシワが残っていたし、スラックスも当たり前に前日と同じもの。


昨夜の会話を思い出して、私ひとり青ざめる。

「役員会議の資料、部長に送らなきゃ!」

「そうだよ、だから起こしたの。早めに出社してやるって昨日話したじゃん」

「もっと早く起こしてよぉ」

「何回も起こしたよ。でも小関さん、全然起きないんだもん」


それは申し訳ない、と思いながら急いでベッドから降りて着替えようとしてふと手を止める。

……なんだろう、このあまりにも普通な感じ。

甘さとか照れとか、一切ない。
仕事の延長線上にいる空気感。


「……木ノ下くん」

「なに」

「ぎゅってしてくれる?」

「……は?」

彼の歯磨きをする手が止まる。
そして、ものすごく動揺したようにこちらを凝視している。

「夢じゃないってちゃんと実感したいの」

「……小関さんってそういうキャラだったっけ?」

「木ノ下くんがあまりにも普通だから不安にさせるんだもん!早く!」

「……なんなんだよ、調子狂うなあ」