恋を知らないきみへ

この空気感に耐えられなくて、急いで目を逸らした。

「『今日はありがとう』って言ったの」

「違う。もっと短い言葉だった」

「聞こえてたんなら言わないでよ」

木ノ下くんは、最初からこの瞬間まで意地悪だ。性格が歪んでる。

そんな彼を、どうして私は好きなんだろう。
なにも分からない。

ただ分かるのは、私はもう、木ノ下くんじゃないと嫌だ。


「……好きって言ったんだよ」

どうせ聞こえてるなら、全部言えばいいくらいの気持ちで続ける。

「平気で意地悪なこと言うし、無神経だし、仕事のことしか考えてなさそうだし、聞こえるように舌打ちしてくるし」

「……悪口じゃん」

「そうだよ!嫌なとこばっかり目につくのに」

言ってから、気づく。
木ノ下くんが、ちゃんと私の目を見ている。

その事実に、心臓が苦しくなった。

「木ノ下くんに冷たくされると、目が合わないと、見てもらえないと、つらい」

「見てるよ」

「見てなかった、前は」

「今は見てる」

「だから!ああ言えばこう言うのやめてよ」


言い返したはずなのに、木ノ下くんは何も返さなかった。

ただ、じっと私を見ている。

さっきまであんなに慌てていたのに。
困ったような顔でもなく、呆れた顔でもなく、何かを確かめるみたいに、まっすぐ。

その視線だけで、息が苦しくなる。


「……木ノ下くん?」

名前を呼んでも返事はない。

一歩、彼が近づく。
思わず私も息を飲んだ。

「小関さん」

やっと呼ばれた声は、どこか違う温度を持っていた。

「今の、取り消さないで」

「えっ……」