恋を知らないきみへ

電車がゆっくりと停車し、ドアが開く。

そこへ乗り込もうとする木ノ下くんの背中を見ていたら、なんだか胸が締めつけられた。


……二人でここまで仕事ができるのは、もう今日が最後かもしれない。

明日の役員会議で承認されたら、この案件は私たちの手を離れる。

だからきっと、こうして話せることは今後ない可能性が高い。

そう思ったら、全部の気持ちが溢れそうだった。


木ノ下くんが先に一歩、車内へ足を踏み入れようとした。

「木ノ下くん!」

乗り込む前に声をかけたら、彼が不思議そうな顔で振り向くのが見えた。

『今日はありがとう』って伝えたくて呼び止めたのに。
口から出た言葉はまったく違うものだった。


「……好き」


言ってから、自分でも「え?」と戸惑う。

電車の発車前の音がけたたましく聞こえるほど、私と木ノ下くんの間にだけ沈黙が流れる。

二人とも、完全にフリーズして動けなかった。


お互いに我に返った時には、終電が発車してホームには誰もいなくなっていた。

「……は?」

ようやく、木ノ下くんが言葉を発する。

「え?今なんて言った?」

「も、もう一回言わせるの?」

「聞き間違いかもしれない」

「じゃあ聞き間違いだと思う!」

「いや、聞き間違いじゃないかもしれないし」

「やだ」

恥ずかしすぎて逃げ出したくて、後ずさりした。

彼も彼で、まだ呆気にとられたような顔でこちらを見ている。