恋を知らないきみへ

こんなに全力疾走したのは、学生の時以来かもしれない。
湿気を含んだ暑い夜に走ると、当然汗だくになるわけで。

駅に着いた頃には、私も木ノ下くんも息を切らして、だいぶみっともない顔だったと思う。


「……木ノ下くんも汗かくんだね」

「は?当たり前じゃん。小関さんもメイク取れてるよ」

「知ってるよ。……もう顔なんてどうでもいい」

「そういうこと普通に言えるんだね」

「どういう意味!?」

いつも涼しい顔をしてるくせに、この時の彼はちゃんと暑そうに顔を歪めていた。

駅のエスカレーターに乗りながら、ワイシャツの襟元のボタンを外してため息をついている。

「焦った……間に合わないかと思った」


私はここでやっと自分のスマートウォッチを見る。

『0:13』

……こんな時間まで一緒にいたんだな、と改めて実感した。


クタクタの状態で駅のホームまでたどり着く。

ホームには私たちと同じ仕事帰りの会社員や、飲み会帰りらしい女性が数人、数えるほどしかいない。

終電間際だとこんなに人が少ないのかと驚かされる。


もうすぐ来るであろう電車を待つため、ホームに立ったままそこで二人で明日の段取りを考えた。

「まず、明日は早めに出社しよう」

木ノ下くんのその言葉に、私はうなずく。

「出社したら、とりあえずマーケ部に行っていい?」

「うん。で、今日作ったデータをすぐ部長に送る」

「折り返し待って、確認してもらったらすぐ印刷かけないと九時半の会議に間に合わないよね?」

「なんにせよ朝はバタバタだね」


そんな会話を交わしているうちに、電車のライトが向こう側に小さく見えてきた。

『まもなく、電車がまいります』

ホームにアナウンスが響く。

終電がやってくる。