恋を知らないきみへ

ほんの数秒前まで真剣に話していたはずなのに、気づけば以前の打ち合わせと同じ調子で言い合っている。

少しだけ沈黙が落ちた。

私はなんとなく気まずくなって、資料へ視線を落とす。

けれど木ノ下くんは、何事もなかったように入力を再開した。


「じゃあ、『家事を効率化し、家族の時間を大切にしたい共働き世帯』」

「……うん」

「これを中心顧客にして、その周辺に子育て前の夫婦と、小学生以下の子どもがいる家庭を置く」

「うん、それなら営業も説明しやすいと思う」

「思う、じゃなくて、しやすい?」

わざわざ聞き直され、私は顔を上げた。

「意地悪だなぁ。しやすい!」

「よし。じゃあ、これでいく」

木ノ下くんが迷いなく文章を確定する。


以前からそうだった。

私の意見を聞くとき、彼は中途半端に扱わない。
納得すればすぐに取り入れるし、違うと思えば容赦なく言い返す。

あの頃はそれが腹立たしくて、でも同時に話しやすかった。


「次、差別化」

木ノ下くんが資料をめくる。

私はその横から覗き込んだ。

既存ブランドとの比較表には、価格、標準設備、間取りの自由度、保証内容が並んでいる。

その下には、役員の指摘が書かれていた。

『機能の違いは分かるが、このブランドを選ぶ理由になっていない』


「……これ、前の会議でも言われたよね」

「言われた。だから設備じゃなくて暮らし方を売る方向に変えた。でも比較表は設備中心のままにしてた」

「営業から、具体的な違いも必要だって言われたから?」

「うん。小関さんがまとめて持ってきた意見」

「私だけの意見みたいに言わないでよ」

「小関さんの意見でもあるでしょ」

「それはそうかもしれないけど、言い方!」


木ノ下くんが小さく息を吐く。

笑ったようにも見えたけれど、すぐに画面へ視線を戻してしまったので確信は持てなかった。