恋を知らないきみへ

木ノ下くんが、赤字の入った箇所を指で示す。
資料には、役員の字で大きく書かれていた。

『若年層ファミリーとは、具体的に誰か』


「共働きなのか、片働きなのか。子どもがいるのか、これからなのか。家に求めるものも全部違う」

「でも、絞り込みすぎたら対象が狭くならない?」

「狭くするんじゃなくて、中心を決める。全員に売ろうとすると、結局誰にも刺さらない」

「営業は、その中心から外れたお客様にも説明するんだけど」

「中心以外を切るとは言ってない」

「でも資料の書き方によっては、営業がそう受け取ることもあるよ」

私が言うと、木ノ下くんは少し考えるように口を閉じた。


以前なら、きつく聞こえなかっただろうかと、ここで言葉を足していたかもしれない。

けれど今は、そんなことを気にしている場合ではなかった。


私は赤字の横に置かれた付箋を剥がし、ペンを取る。

「例えば、中心になる顧客像は共働きで、これから子どもを持つか、小さい子どもがいる世帯」

「うん」

「ただし、それだけに限定しない。『共働き子育て世帯を中心とした、暮らしの効率と家族の時間を重視する層』とか」


木ノ下くんがキーボードを打ったあと、頬杖をつく。

「……長いな」

「今は説明してるんだから長くてもいいでしょ」

「資料にそのまま入れるのかと思った」

「入れるわけないじゃん」

「小関さん、たまに説明文をそのまま見出しにしようとするから」

気づけば、言葉を選ぶより先に返していた。

「前のアンケートの話?あれは木ノ下くんが短くしすぎたんでしょ」

「でも長すぎた」

「それ採用したの木ノ下くんじゃん」

言ってから、私はペンを持ったままはっと我に返った。