恋を知らないきみへ

私は向かい側のイスを引き、荷物を置いた。

「それで、どんな修正?」

「とりあえず、これ」

木ノ下くんが、一番上に置かれていた資料をこちらへ滑らせる。
役員確認用と書かれた営業資料だった。

表紙をめくり、数ページ進んだところで思わず手が止まる。

余白という余白に赤字が入っていた。

文章の言い換え程度かと思っていたけれど、そんな生易しいものではない。

訴求の順番を変える指示や、根拠となる数字の追加、想定顧客をより明確にするよう求めるコメントまである。


「……これ、修正っていうより、半分作り直しじゃない?」

「俺もそう思う」

「役員って、今日初めてこれ見たの?」

「先週一度見てる。ただ、そのときはコンセプト中心だったから、営業資料までは細かく見てなかったらしい」

「それを明日の前日に見るんだ」

「ね。信じられないでしょ」

淡々とした返事に、私は資料から顔を上げた。

木ノ下くんも同じタイミングでこちらを見たらしい。

一瞬だけ目が合って、どちらからともなくため息が漏れた。

呆れているのが自分だけではないと分かると、ほんの少し気が楽になる。


「いつまでに仕上げればいいの?」

「明日の朝八時半までに部長へ送る。部長が最終確認して、九時半の役員会議で使う」

「朝八時半……」

呻くようにつぶやいてしまった。

今夜中に仕上げても、確認まで考えればほとんど余裕はない。

「部長から来た修正指示はこれだけ?」

「メールはこれ。あと電話で言われたことはメモしてある」

木ノ下くんが今度はノートパソコンをこちらへ向ける。

画面には、役員からの指摘が項目ごとに整理されていた。