恋を知らないきみへ

あれから数週間。

新ブランドの立ち上げプロジェクトは、驚くほど順調に進んでいた。


何度も修正を重ねたブランドコンセプトに、営業資料、パンフレット。
モデルハウスの装飾や撮影も無事に終わり、残すのは細かな表現の調整や最終確認くらいだ。


“ゼロから作る”時間は終わり、今は完成へ向けた最後の仕上げをしている段階だった。

役員会議も目前。この会議を乗り越えれば、新ブランドはいよいよ正式に動き出す。

忙しい毎日だったけれど、不思議と苦ではなかった。


あれから、木ノ下くんと仕事だけの会話をすることにも少しずつ慣れ、以前みたいに言葉を選びすぎたり、変に気まずくなったりすることは、もうほとんどなくなっていた。

もちろん、前みたいに何でも言い合えるわけじゃない。

それでも仕事の話をしている時間だけは、肩の力を抜いて向き合えるようになっていた。


そんなある日。

時計は午後八時を少し回っていた。

営業フロアにはまだ何人かが残っているものの、昼間の慌ただしさはすっかり消えている。
聞こえてくるのは、どこかで鳴るコピー機の音と、静かにキーボードを叩く音くらいだった。


「よし……」

最後の修正データを保存し、私は大きく背伸びをする。

ようやく今日の仕事が終わった。

あとは机の上を片付けて、パソコンの電源を落とせば帰れる。


バッグに資料をしまい、パソコンへ手を伸ばした、その時だった。

この時間には珍しく、机の内線電話が鳴る。


……誰だろう。

そんな軽い気持ちで受話器を取った。