恋を知らないきみへ

一瞬だけ間が空く。
木ノ下くんはすぐに前に向いた。

「さっき?」

「……うん。助けてくれたでしょ、『二十万円の価値』のところで」

すると彼は、なんでもないことのように首を横に振る。

「別に、さっきのはマーケが答える話だったから」

相変わらず温度のない返事に、思わず苦笑いが漏れた。

……まだまだ、前みたいには戻れてない。
だからと言って、なにも言わないのは絶対に違うと思った。

だから、ちゃんとまっすぐ言わなくちゃ。


「でもね、助かった」

「……そう?」

「うん」

「営業に振る内容じゃなかっただけ」

淡々とした声で、会議の続きみたいに言う。
そこには恩着せがましさなんて、かけらもない。

「だからそんなに気にしなくていいよ」

その言い方が、木ノ下くんらしい。
私は小さく笑ってしまった。

「……うん。ありがとう」


今度は木ノ下くんは何も返さなかった。
ただ歩幅を変えないまま、私の少し前を歩いていく。

隣には並べないまま、少し距離を空けて彼の背中を追おうと足を踏み出した時、

「小関さーん!」

と名前を呼ばれた。