恋を知らないきみへ

「……ああ、そうか」

部長が納得したようにうなずいた。

「悪い。まだそこまで営業へ渡してなかったな」

「はい」

木ノ下くんは短く返事をする。

「営業には、決まった訴求を実際のお客様へ提案してもらって、その反応を返してもらえれば十分です」

「なるほど。了解したよ」


納得できる回答を得たのか、部長は少し口元を緩めながら資料を閉じた。

「じゃあ、その整理はマーケで進めてもらおう」


私は胸の奥につかえていた息を、ゆっくり吐き出した。

……助けてもらった。
そう思って木ノ下くんを見た。

でも彼はもう、何事もなかったように手元の資料へ目を落としていた。


「それじゃあ今日はここまで」

部長が立ち上がってそう言うと、周りの人たちも「お疲れ様でしたー」と口々に言いながら立ち上がる。

あちこちでイスが引かれる音が響く中、部長が私を手招きするのですぐに向かう。
急いで行くと、木ノ下くんも同時に呼ばれていたらしい。


部長を挟んで、私と木ノ下くんが並ばされた。

途端に心臓が出そうな感覚になって、なんとなく口に手を持っていってしまう。
慌ててその手を下ろした。


「小関さん、営業資料は今日の内容を反映したら、一度木ノ下くんにも確認してもらってくれる?」

「は、はい」

思わず返事をする声がうわずる。

「で、細かい見せ方は二人で話し合って決めちゃっていいから。完成したものを今週中にでも俺に送って」

「はい」

私と木ノ下くんの返事が重なる。

「じゃあ、お疲れ様でした」

部長はにこっと笑うと資料を手早くまとめて、その場から離れていく。