恋を知らないきみへ

【送信者 マーケ 木ノ下】


午後一番、席へ戻ってパソコンを見ると、チャットが届いていた。
送信者の名前を見ただけで、どきっとしてしまう。

名前だけでいちいち反応するの、もういい加減やめたい。

この一週間、チャットが来るたびに息を飲んでしまう。


───これまで恋愛をしてこなかったわけじゃない。

告白されたことも何度もある。
付き合った人だって、もちろん一人じゃない。

それなのに。

「好きだ」と、自分からそう思ったことは、たぶん一度もなかった。

二十八年生きてきて、今が初めてなんだ。
自分から誰かを好きになるのは。

だからこそ、自分の感情をうまくコントロールできない。


ただの仕事のチャットでさえも、妙に胸が落ち着かなくて困ってしまう。

息をゆっくり吐いてから、木ノ下くんのチャット画面を開いた。


【お疲れ。

午前の会議で話してた収納の件なんだけど、営業目線の意見をもう少し資料に入れたい。

時間あるときでいいから、「お客様から実際によく聞かれること」を3つくらい送ってもらえる?】


当然のことながら、百パーセント仕事の内容。

会社のチャットなのだから、仕事の内容だけで当然だ。
おかしいのは、私だけ。


文字を打ち込もうとキーボードに手を置く。
置いてから、数秒考える。

……ここですぐに返信したら、“早すぎる”とか思われる?

いやいや、仕事だし!

……でも、遅すぎても“返信が遅い”と思われる?

五分くらい時間を置くか。
でももうメッセージ読んじゃったし。既読がついたことにも気づいているかもしれない。

そもそも既読がついたのさえ、彼は見ていないかも。


……こうなる前の私は、いったい何を考えてチャットのやり取りをしてたんだっけ?