恋を知らないきみへ

戻ってきてくれた。少しだけ。

そう思えたからこそ、戻ってきていないところばかりが目についた。


「営業資料の方は、次回までにまとめられそう?」

今度は部長に聞かれ、私は慌てて意識を戻した。

「あっ、はい!今日の内容を反映して、一度マーケにも確認してもらいます」

「じゃあそこは木ノ下くん、頼むよ」

「はい」

木ノ下くんが返事をして、それから流れるように私を見る。

「小関さん、できたら俺に送って」

「うん、分かった」

「確認して戻すから」

「ありがとう」

言ったあと、木ノ下くんが一瞬だけ黙った。


何か続くのかと思って淡い期待を持って待ってしまう。

けれど彼は小さくうなずいただけで、前へ向き直った。


胸に浮かんだ期待の行き場がなくなって、私はボールペンを持ち直した。

ほんの少し話せただけで嬉しい。
……前みたいに話せないことが寂しい。

その両方が胸の中で絡まり合って、会議が終わる頃には、何をしていても木ノ下くんの声ばかりが耳に残っていた。


「──それじゃあ、今日はここまでにしましょう。お疲れ様でした」

部長の言葉と同時に、会議室のあちこちでイスが引かれる。


私も資料をまとめようとして、付箋を挟んでいた資料を一枚落としてしまった。


拾おうと手を伸ばすと、反対側から伸びてきた手が先にその紙を取った。

「はい」

拾ってくれたのは、木ノ下くんだった。

「あ……、ありがとう」

ここはちゃんとお礼を言わなくちゃ。
そう思いながら受け取る時、指先がほんの少し触れた。

たったそれだけで、心臓が暴れ出した。