恋を知らないきみへ

その時、不意に前方から声がした。

「小関さん」

心臓がひとつ、大きく鳴った。

不意に名前を呼ばれて顔を上げると、木ノ下くんがこちらを見ていた。

前回の会議では、何度見ても合わなかった目が、今はまっすぐ私に向いている。


「洗剤のストックって、どれくらい置ければ足りるの?」

「あ……、えっと」

急に聞かれ、頭の中に自宅の収納を思い浮かべる。

「大容量の詰め替えが二つか三つと、柔軟剤、それから漂白剤くらいかな」

「棚は?一段で足りる?」

「うん。高さを変えられるなら、たぶん足りると思う」

「分かった」

木ノ下くんは短く返事をして、今度は設計担当者へ顔を向けた。


「じゃあ、上段にストックを置ける高さを確保してもらえるといいかもしれません。下は今の奥行きのままでいいと思います」

「了解です。一度、棚割りを作ってみます」

必要なことだけ確認して、話が次へ切り替わっていく。


ほんの数秒。

視線が合っていた時間だって、きっとそれほど長くない。

それなのに、頬のあたりがじわじわと熱くなっていく。
こんな感覚は、たぶん生まれて初めてだ。


慌てて資料へ視線を落とすと、さっきまで読めていたはずの数字が、急に意味のない記号みたいに見えた。

───この感覚にまったく慣れない。