恋を知らないきみへ

社用車のコンパクトカーの運転席に乗り込んだ私は、後藤くんにもらった塩ラムネを口に入れる。


閉め切った暑い車内がきつくて、エアコンを最大にして涼しい風を浴びる。

張り付く髪の毛を緩くひとつに結んで、今日対応した五組のお客様に聞いた“家を建てよう”“家を買おう”と思ったきっかけを書いたメモを眺めた。


『子どもがのびのび暮らせる家』

『家賃更新がきっかけ』

『友達ファミリーの家でバーベキューをして、羨ましくて』

『広い部屋で家族でワイワイご飯を食べたい』

『DIYを楽しみたい』

『妻の妊娠が発覚して、双子だと知ったから。今の賃貸では子育てに狭すぎる』

『大型犬を飼いたいから』

『猫を飼いたい』

『三十歳になったら家を建てようと夫婦で決めていた』


───すごい。本当にそれぞれみんな、きっかけが違う。
面白い。


その中に、二組の夫婦からの言葉。

『担当希望』

今日だけで二組も担当希望をいただいた。


「ありがたいなぁ……」

ぽつりとつぶやいてから、ハンドルにつっ伏す。

「でも表情筋……、死ぬぅ……」


こんな姿は、恥ずかしすぎて絶対に誰にも見せられない。
ひとりきりの車内だからこそ出せる言葉と、疲れ切った顔。

人間だから、ちゃんと疲れる。


強かった日差しが、少しずつ橙色に変わってきている。

「……会社戻ろう」

気合いを入れ直して姿勢を正すと、私はシートベルトを装着してハンドルを握った。




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