恋を知らないきみへ

今日は普通にする。

まずは、顔を見たら挨拶。
なるべく自然に、そして笑顔で。前みたいに何も考えずに、当たり前みたいに。


隣にはもう座ってくれないとして、変に期待するのはやめよう。

───顔に出さない。顔に出さない、絶対に。


会議室にはもう人が集まり始めていて、私はいつも通りに二列目に座っていた。

先週の会議から、彼はもう私の隣には座っていない。

だから今日は、資料もちゃんと自分の席にだけ置いている。

さっきから会議室のドアが開くたびに、やたらと振り返ってしまう自分が自分じゃないみたいでどこか落ち着かなかった。


会議が始まる九時少し前、関係者たちが続々と入室してくる。

その中に紛れて、マーケティング部の課長と一緒に姿を現したのが──木ノ下くんだった。


姿を見た瞬間、心臓が急に速く脈打ち始めたのが分かって戸惑う。

この一週間、彼に言われた『避けてるよ』を胸に抱えたまま仕事をしてきた。

チャットでは普通、内線でも普通。
でも、必要以上のやり取りは皆無だった。

社食には行かないようにしていたから、こうしてきちんと顔を合わせるのは、実質一週間ぶりだった。


……顔を見ただけで、人ってこんなにドキドキするものなのか。

そんな事実に驚きながらも、前の席に課長と座ろうとする木ノ下くんの背中に、思い切って声をかけた。

「……木ノ下くん!おはよう」

私の声が妙に上ずったのは、気のせいだと思ってほしい。

名前を呼ばれたことに気づいた木ノ下くんが、こちらを振り返る。